『借地上の未登記建物』売却や相続で直面するハードル
西村隆一は、亡くなった父から借地の上に建つ自宅を相続した。両親が長年暮らしてきたその家を手放し、駅前のマンションに住み替えようと、不動産会社に売却の相談を持ちかけた。買主候補もすぐに見つかり、話は順調に進むかに思えたが、いざ契約という段階になって、思わぬ壁にぶつかった。家自体は築四十年ほどで多少の傷みはあったが、生活には十分な広さがあり、需要は決して低くなかった。
「大変申し上げにくいのですが、この建物、登記がされていないようです」。不動産会社の担当者からそう告げられ、隆一は言葉を失った。父の代に建てられた家で、そもそも登記の手続き自体が行われていなかったというのだ。「買主様が住宅ローンを利用される予定なのですが、金融機関が担保に設定するためには、建物の登記が前提になります。このままでは融資が下りず、売買契約を進めることができません」。長年何の問題もなく暮らしてきた家に、まさかそんな見落としがあったとは、隆一は想像もしていなかった。
隆一は司法書士に相談することにした。「建物の登記には、大きく分けて二つの段階があります。まず、建物の所在や構造、床面積などの物理的な状況を法務局に登録する『表題登記』。そのうえで、誰がその建物の所有者であるかを登録する『所有権保存登記』です。お父様の建物は、このどちらも行われていない、まったくの未登記状態にあります」。
司法書士はさらに、借地権にとって登記が持つ重要な意味についても説明してくれた。「借地借家法では、借地人が土地上の建物を自己名義で登記していれば、地主が土地を第三者に売却したり、担保に入れて競売にかけられたりした場合でも、その第三者に対して借地権を対抗できるとされています。逆に言えば、建物が未登記のままでは、この対抗力が働かず、万が一のときに借地権を守れなくなるリスクがあるのです」。隆一は、売却の障害というだけでなく、それ以前の権利関係の面でも危うい状態に置かれていたことを知った。長年安心して住み続けてきた家が、実はこれほど不安定な土台の上にあったとは、思いもよらないことだった。
隆一は司法書士のサポートを受けながら、まず土地家屋調査士に依頼して、建物の現況を調査してもらった。図面を作成し、法務局に表題登記を申請する準備を進めた。相続した建物であることを示す戸籍謄本や遺産分割協議書などもあわせて用意し、表題登記に続けて、隆一名義での所有権保存登記も申請した。買主側にも事情を丁寧に説明し、登記完了までの間、契約締結の時期を少し調整してもらうことになった。
数週間の手続きを経て、建物の登記は無事に完了した。これにより、買主は問題なく住宅ローンの審査を通過し、当初の予定どおり売買契約を締結することができた。隆一は、危うく白紙になりかけていた売却話が、専門家の手を借りることで無事にまとまったことに、心から安堵した。
この経験を通じて隆一は、借地上の建物であっても、相続した際にはまず登記の状況を確認することの重要性を学んだ。未登記のままでは、売却時の資金調達だけでなく、借地権そのものの安定性にも影響が及びかねない。相続をきっかけに、目に見えにくい権利関係の不備に気づけたことは、隆一にとって不幸中の幸いだったのかもしれない。売買契約が無事に成立した後、隆一は新居への引っ越しを終え、これまでの負担が嘘のように、穏やかな新生活をスタートさせている。
学びのボックス
| 建物登記の2段階 | 表題登記(物理的状況の登録)と所有権保存登記(所有者の登録)の2段階がある。 |
| 未登記が売却に与える影響 | 買主が住宅ローンを利用する場合、金融機関は登記された建物にしか担保を設定できないため、未登記だと融資が下りず売却が困難になる。 |
| 借地借家法10条の対抗力への影響 | 借地人が建物を自己名義で登記していないと、地主の変更等の際に第三者へ借地権を対抗できないリスクがある。 |
| 相続時の登記手続き | 相続を証明する戸籍謄本・遺産分割協議書等を用意し、表題登記・所有権保存登記を順に申請する。 |
| 早期の確認の重要性 | 相続した借地上の建物は、まず登記の有無を確認し、未登記であれば早めに手続きを進めることが望ましい。 |




