『無断リフォーム』と『無断増改築』の境界線!契約解除になる判定基準
金子美智代は六十六歳。借地上の家に、三十五年間、夫と暮らしてきた。昨年、夫を亡くしてから、家の傷みが気になるようになった。外壁はひび割れ、屋根の瓦は一部がずれて、雨の日には天井にしみが広がっていた。美智代は、業者に見積もりを取り、外壁の塗装に約百十万円、屋根の葺き替えに約百三十万円をかけて、家を直すことにした。
工事は一か月で終わった。見違えるようにきれいになった家を見て、美智代は満足した。ところが、数日後、地主の福田さんが、険しい顔で訪ねてきた。「無断で、家をいじったな」。福田さんは、屋根の上に足場が組まれていたのを、通りがかりに見ていたのだ。「契約書には、建物の増改築には地主の承諾が必要、と書いてある。承諾なしにやったのだから、契約違反だ。解除する」。
美智代は、突然のことに、言葉を失った。足場が必要な工事の相談を、地主にすべきだったのかと、後悔もよぎった。数日後には、福田さんから内容証明郵便が届いた。「無断増改築を理由に、借地契約を解除する」。美智代は、夫と過ごした家を失うのかと、眠れない夜を過ごした。ただ傷んだ家を直しただけなのに、なぜ解除なのか。納得がいかなかった。地代は三十五年間、一度も遅れたことがなかった。
美智代は、弁護士に相談した。弁護士は、契約書と工事の資料を丁寧に読んだうえで、説明した。「増改築禁止の特約があっても、すべての工事が増改築にあたるわけではありません。建物の維持や、傷んだ部分を直す通常の修繕は、一般に増改築には含まれません。増改築とは、床面積を増やしたり、構造を変えたりと、建物の主要な構造部分に手を加えて、建物の規模や構造を大きく変える工事を指します」。
弁護士は、金子さんの工事を一つずつ確認した。外壁の塗装は、建物の美観と防水を保つための、典型的な維持管理にあたる。屋根の葺き替えも、同じ程度の軽い材料で、屋根の骨組みには手を付けず、傷んだ下地を一部取り替えただけだった。業者の工事報告書にも、柱や梁などの構造部分には変更を加えていないと、書かれていた。「この内容なら、修繕と判断される可能性が高いと思います」。
弁護士は、もう一つ付け加えた。「仮に増改築にあたるとしても、直ちに解除が認められるとは限りません。裁判所は、地主との信頼関係を破壊するほどの背信行為かどうかを、重視します。承諾を得なかった事情や、地主の不利益の有無も考慮されます」。美智代は、工事前後の写真と見積書、工事報告書をそろえ、弁護士に託した。幸い、業者は工事中の写真も、日付つきで残してくれていた。
弁護士が福田さんに書面を送ると、福田さんは落ち着きを取り戻した。後日、立ち会いで工事の内容を説明すると、「構造を変えたと思っていた。誤解だった」と認めた。何度かの話し合いの末、解除の通知は撤回された。ただし、美智代は、事前に報告しなかったことを謝り、今後は大きな工事の前に連絡する旨の覚書を交わした。
美智代は、増改築と修繕の違いを、身をもって学んだ。柱や梁を動かす、床面積を増やす、階数を増やすといった工事は、承諾が必要になる。承諾が得られなければ、借地非訟で許可を求める方法もある。一方、外壁や屋根の通常の補修は、通常は問題にならない。それでも、トラブルを避けるには、工事の前に、地主へ一言伝えておくこと。美智代は、近所の借地人にも、そう話している。
学びのボックス
| 増改築と修繕の違い | 増改築は、床面積や階数の増加、構造の変更など、建物の主要部分に手を加えて規模・構造を大きく変える工事。通常の維持・補修は修繕。 |
| 増改築禁止特約の範囲 | 特約があっても、外壁塗装や傷んだ部分の補修などの通常の修繕は、一般に増改築には含まれない。特約の文言と工事内容で判断する。 |
| 解除には背信性が必要 | 増改築にあたる場合でも、信頼関係を破壊するほどの背信行為といえなければ、解除は認められにくい。事情が総合的に考慮される。 |
| 証拠を残す | 工事前後の写真、見積書、業者の工事報告書を保管する。構造部分に手を加えていないことを示す資料が、有力な証拠になる。 |
| 承諾と借地非訟 | 増改築には地主の承諾が必要で、承諾料が必要になることが多い。承諾が得られない場合は、借地非訟で許可を求める方法がある。 |




