『借地上の建物に根抵当権』が設定されている場合の売却・担保抹消
井上敏夫は五十八歳。借地上に建つ小さな町工場を、二十年以上、一人で切り盛りしてきた。建物は、工場と住まいを兼ねた二階建て。借りている土地は六十坪で、地代は月三万円。工場の運転資金を借りるとき、取引先の信用金庫に求められ、建物に根抵当権を設定していた。極度額は四千万円で、現在の借入残高は約二千六百万円だった。
ところが、取引先の廃業が続き、仕事は年々減っていった。体力の衰えも感じる。敏夫は、工場を閉めて、借地権と建物を売る決断をした。機械の処分や従業員への説明など、課題は山積みだったが、先に区切りをつけたかった。不動産会社に依頼すると、三千八百万円で買いたいという人が現れた。契約の準備を進めるなかで、不動産会社の担当者が、念を押した。「建物に根抵当権がついたままでは、買主さんの銀行が融資を出しません。抹消が必須です」。
敏夫は、極度額と借入残高の違いが、よく分かっていなかった。担当者は、図を描いて説明した。「極度額は、この範囲まで担保にします、という上限の金額です。実際に抹消するには、現在の借入だけでなく、根抵当権が担保しているすべての債務を、清算する必要があります」。敏夫は、その足で信用金庫の担当者に連絡し、窓口で相談した。
信用金庫の担当者は、残債の確認に、数日かかると言った。確認の結果、運転資金の約二千六百万円に加えて、別枠の借入が約三百万円あることが分かった。さらに、返済のときの利息や手数料も含めると、合計で約二千九百五十万円。敏夫は、思ったより多い額に驚いた。別枠の借入は、数年前に急な支払いで借りたもので、すっかり忘れていたのだ。「こんなに残っていたのか」。
信用金庫は、全額の返済を条件に、根抵当権の抹消に応じるという。担当者は、手続きも説明した。「売却代金が入った日に、返済をしていただき、入金を確認できたら、抹消に必要な書類をお渡しします。書類を先にお渡しすることは、できません」。一方、買主の銀行は、抹消の登記が、所有権移転の登記と同じ日に申請されることを条件にしていた。
敏夫は、司法書士を交えて、決済の段取りを決めた。まず、地主の承諾書を事前にもらい、承諾料として借地権価格の一割前後、約三百八十万円を支払う約束をした。決済当日は、不動産会社の会議室に、買主、買主の銀行の担当者、信用金庫の担当者、司法書士が集まった。買主の融資が実行され、売却代金が入金されると、その場で信用金庫に約二千九百五十万円を返済した。
入金が確認されるまでの待ち時間は、数十分ほどだった。敏夫には、長く感じられた。入金が確認されると、信用金庫の担当者から、抹消に必要な書類が司法書士に渡された。司法書士は、法務局への申請に間に合うよう、その日のうちに、根抵当権の抹消登記と、買主への所有権移転登記を申請した。承諾料と、仲介手数料など約百三十万円を合わせた約五百十万円を、残りから引くと、敏夫の手取りは、約三百四十万円。大きな金額ではなかったが、借入を全部清算でき、気持ちは軽くなった。
敏夫は、あとで気づいたことがある。決済の日まで、一度も気を抜けなかったが、事前の段取りが功を奏したのだ。もし売却代金が借入を下回っていたら、不足分を自己資金で補うか、他の担保で金融機関に解除に応じてもらうしかなかった。根抵当権つきの借地権を売るときは、早めに金融機関に残債を確認し、決済の日に同時に抹消できるよう準備する。敏夫は、同じ立場の仲間に、そう勧めている。
学びのボックス
| 極度額と残債の違い | 極度額は担保する上限額。抹消には、現在の借入だけでなく、根抵当権が担保するすべての債務の清算が必要になる。 |
| 金融機関への早めの確認 | 売却を決めたら、金融機関に残債、利息、手数料などの総額を確認する。別枠の借入が見つかることもある。 |
| 同時決済の流れ | 売却代金の入金後に返済し、抹消書類を受け取る。抹消登記と所有権移転登記を同日に申請するのが一般的。 |
| 地主の承諾と承諾料 | 借地権の売却には地主の承諾が必要。承諾書を事前に取得し、承諾料の額と負担者を契約前に決めておく。 |
| 売却代金が不足するとき | 代金が残債を下回る場合は、自己資金で補う、他の担保を提供するなど、金融機関と解除の条件を交渉する。 |




