『借地権の譲渡承諾料(ハンコ代)』の裁判相場と非訟手続き
橋本隆は、親の代から住み続けてきた借地の自宅を、転勤を機に売却することにした。買主も見つかり、あとは地主の承諾を得るだけという段階まで話は進んでいた。ところが地主の松井さんに相談を持ちかけると、思いがけない態度を示された。「譲渡を承諾する代わりに、借地権価格の四割をハンコ代として払ってもらう」。隆は耳を疑った。それまで聞いていた相場とは、あまりにもかけ離れた金額だったからだ。長年の付き合いがあった相手だっただけに、隆はその豹変ぶりに動揺を隠せなかった。
隆は不動産業者や司法書士に相場を確認したところ、譲渡承諾料はおおむね借地権価格の一割前後が一般的な水準だと分かった。松井さんの要求は、その四倍にもあたる金額だった。何度か交渉を試みたものの、松井さんは「嫌なら売らなければいい」の一点張りで、話し合いは完全に行き詰まってしまった。隆が事情を説明しようとしても、松井さんは聞く耳を持たず、電話も途中で切られてしまうこともあった。
途方に暮れた隆は、弁護士に相談することにした。「地主が譲渡を承諾しない、あるいは法外な承諾料を要求してくる場合には、借地人が裁判所に対して『借地非訟』の手続きを申し立てることができます。これは、地主に代わって裁判所が譲渡を許可する制度で、正式には『譲渡等の許可の裁判』と呼ばれます」。弁護士はそう説明した。
「裁判所は、譲渡を認めても地主に不利益がないかどうかを審理したうえで、譲渡を許可する代わりに、借地人が地主に対して支払うべき承諾料相当の金銭を定めます。この金額は、これまでの裁判例の傾向から見て、おおむね借地権価格の一割程度に落ち着くことが多いとされています」。隆は、感情的な要求に振り回されるより、裁判所というオープンな場で客観的に判断してもらう道があることに、大きな安心を覚えた。
弁護士のサポートを受けながら、隆は裁判所に借地非訟の申立てを行った。申立てにあたっては、借地権の評価額を示す資料や、これまでの交渉経緯、地主が不合理な要求をしていることを裏づける記録などを提出した。裁判所は不動産鑑定士による鑑定を実施し、借地権価格を算定したうえで、譲渡を許可する旨の決定と、承諾料に相当する金額を定める決定を下した。審理の過程では、松井さん側にも意見を述べる機会が設けられ、双方の主張を踏まえたうえで公平な金額が算出される仕組みになっていた。
決定された承諾料は、当初松井さんが要求していた金額の四分の一程度、借地権価格のおよそ一割にとどまった。隆はこの決定に基づいて承諾料を納付し、無事に借地権付き建物の売却を完了させることができた。松井さんは不服そうな様子だったが、裁判所の決定には従わざるを得なかった。決定書を受け取った隆は、法外な要求に屈することなく、適正な水準で決着をつけられたことに深い安堵を覚えた。
この経験を通じて隆は、地主が理不尽な要求をしてきた場合でも、借地人には裁判所を通じた解決手段が用意されていることを学んだ。感情的な対立に巻き込まれて交渉を諦めるのではなく、法的な手続きを冷静に活用することの大切さを、隆は身をもって理解した。借地権を売却したい借地人にとって、地主の恣意的な承諾拒否や高額請求は、決して乗り越えられない壁ではないのだと、隆は今回の経験を通じて実感している。無事に転勤先での新生活を始めた隆は、今でもこの一件を、いざという時の心強い体験として記憶している。
学びのボックス
| 譲渡承諾料の相場 | 借地権価格のおおむね1割前後が一般的な水準とされる。 |
| 借地非訟とは | 地主が譲渡を承諾しない、または法外な承諾料を要求する場合に、借地人が裁判所に譲渡の許可を求められる制度(譲渡等の許可の裁判)。 |
| 裁判所が判断する内容 | 譲渡を認めても地主に不利益がないかを審理し、譲渡を許可する代わりに承諾料相当額を定める。 |
| 承諾料算定の傾向 | 裁判例の傾向として、承諾料はおおむね借地権価格の1割程度に落ち着くことが多い。 |
| 申立てに必要な準備 | 借地権評価額を示す資料、交渉経緯、地主の不合理な要求を裏づける記録などを整理しておくことが重要。 |




