『無償返還届出書』法人が底地・借地権を授受する際の税務対策
村田正一は、個人で所有する土地を、自身が経営する同族会社に貸し、そこに新しい社屋を建てさせる計画を立てていた。会社の業績は堅調で、手狭になった事務所を移転させたいという長年の懸案を、ようやく実現できる運びとなった。正一は、家族経営の会社に土地を貸すだけの話だからと、深く考えずに手続きを進めようとしていた。従業員も増え、現在の事務所ではもう手狭になりつつあったため、正一にとっては待ちに待った計画だった。
顧問税理士に相談したところ、思いがけない注意点を指摘された。「正一さんの会社に土地を貸す際、権利金のやり取りをしないおつもりですよね。実は、この地域のように権利金を授受する慣行がある場合、権利金なしで借地権を設定すると、税務上、会社が権利金相当額の経済的利益を受け取ったとみなされ、法人税の課税対象になる可能性があります」。正一は驚いた。単に自分の会社に土地を貸すだけのつもりが、思わぬ課税を招きかねないというのだ。これまで何の疑いも持たずに進めようとしていただけに、正一は背筋が凍る思いだった。
「これを『借地権の認定課税』と呼びます。実際には権利金を受け取っていなくても、税務上は受け取ったものとみなして、会社側に受贈益として法人税が課されてしまうのです。同族会社の場合、こうした個人と会社の間の取引は特に税務署からの目が厳しくなる傾向があります」。税理士はそう説明した。
正一は、「では、権利金を実際に支払わせれば済む話でしょうか」と尋ねたが、税理士は別の選択肢を提案してくれた。「権利金を支払う方法もありますが、まとまった資金が必要になります。もう一つの方法として、『土地の無償返還に関する届出書』を税務署に提出しておくというやり方があります。これは、将来、借地契約が終了した際に、土地を無償で返還することをあらかじめ約束しておく書面です。この届出書を提出しておけば、借地権の価額はゼロとして扱われ、権利金の認定課税を受けずに済みます」。
正一はこの方法に強い関心を持った。「届出書を出すだけで、それほど大きなリスクを避けられるのですか」。税理士は、「ただし、いくつか注意点があります。届出書は、土地を貸し付けた後、最初の地代の支払いがあるべき日までに提出する必要があります。提出期限を過ぎてしまうと、この特例を使うことができなくなるため、タイミングには十分な注意が必要です。また、地代についても、固定資産税相当額を大きく下回るような極端に低い金額では、別の問題が生じる可能性があるため、適正な水準に設定しておくことが望ましいです」と付け加えた。
正一は税理士のサポートを受けながら、会社との間で土地の賃貸借契約書を取り交わし、契約終了時に無償で土地を返還する旨を明記した。あわせて、地代の水準についても、近隣の相場や固定資産税額を踏まえて適正に設定した。これらの内容を反映した「土地の無償返還に関する届出書」を、地代の支払いが発生する前に税務署へ提出し、無事に受理された。
この経験を通じて正一は、家族経営の会社との取引であっても、個人と法人という別々の主体間の取引として、税務上のルールがきちんと適用されることを学んだ。身内だからと油断せず、専門家の助言を得ながら手続きを進めることの大切さを、正一は身をもって理解した。新社屋の建設は順調に進み、完成後は従業員たちも快適な環境で働けるようになったと、正一は満足げに話している。
学びのボックス
| 借地権の認定課税とは | 権利金授受慣行のある地域で権利金なしに借地権を設定すると、法人が権利金相当額の経済的利益を受けたとみなされ法人税が課される仕組み。 |
| 同族会社取引への厳しい目 | 個人が経営する同族会社との土地取引は、税務署から特に注意深く見られる傾向がある。 |
| 土地の無償返還に関する届出書とは | 契約終了時に土地を無償で返還することを約束する書面を税務署に提出することで、借地権の価額をゼロとし認定課税を回避できる制度。 |
| 提出期限の重要性 | 届出書は土地を貸し付けた後、最初の地代支払いがあるべき日までに提出する必要があり、期限を過ぎると利用できなくなる。 |
| 適正な地代設定の必要性 | 固定資産税相当額を大きく下回るような極端に低い地代では別の問題が生じる可能性があるため、適正な水準に設定することが望ましい。 |




