『借地人が行方不明』公示送達で解除へ
大久保良平が所有する底地には、長年、木造アパートを建てて住んでいた借地人の男性が住んでいた。ところがある時期から地代の支払いが途絶え、様子を見に行くと、アパートはもぬけの殻になっていた。近隣住民に聞いても行方を知る者はおらず、借地人は連絡先も分からないまま姿を消してしまっていた。郵便受けにはチラシが山積みになっており、電気やガスもすでに止められている様子だった。
良平は当初、「地代が入らないなら、こちらから契約を解除して土地を返してもらえばいいだろう」と単純に考えていた。しかし弁護士に相談すると、そう簡単には進まないことが分かった。「契約を解除するには、まず借地人に対して滞納地代の支払いを催告し、それでも支払いがなければ解除の意思表示をする必要があります。ですが、相手の所在が分からない以上、通常の方法で意思表示を届けることができません」。
弁護士は続けて、こうした場合の対処法を説明してくれた。「相手の住所や居所が分からず、通常の送達方法では意思表示を伝えられない場合、裁判所に申し立てて『公示送達』という手続きを行うことができます。裁判所の掲示板に一定期間掲示することで、法律上、相手に意思表示が到達したものとみなされる制度です」。良平にとっては初めて聞く仕組みだった。
弁護士のサポートを受けながら、良平はまず借地人の戸籍の附票や住民票を調べ、現在の所在を特定できないことを確認した。そのうえで裁判所に公示送達の申立てを行った。裁判所は、良平が提出した調査資料をもとに、通常の送達が困難であると認め、公示送達の実施を決定した。掲示期間が経過すると、法律上、滞納地代の催告と契約解除の意思表示が借地人に到達したものとみなされ、借地契約は正式に解除されたことになった。実際に相手に届いたかどうかにかかわらず法的な効力が生じるという仕組みに、良平は不思議な感覚を覚えた。
しかし、契約が解除されても、それだけで建物を取り壊せるわけではなかった。「契約が終了しても、建物と土地の占有状態は別問題です。建物を撤去するには、原則として建物収去土地明渡しを求める訴訟を提起し、判決を得たうえで強制執行の手続きを取る必要があります」。弁護士はそう説明した。借地人の所在が不明なままでは、訴訟の被告に対する送達についても、再び公示送達の手続きを利用することになるという。
良平は、契約解除の手続きに続いて、建物収去土地明渡し訴訟を提起した。訴状の送達にも公示送達が用いられ、裁判所は審理のうえで良平の請求を認める判決を下した。判決確定後、良平は強制執行の手続きを申し立て、専門業者による建物の解体撤去が行われ、ようやく土地は更地として良平の手元に戻ってきた。契約解除から判決確定、強制執行までにはおよそ一年以上を要し、公示送達の期間や訴訟手続きにかかる時間の長さを、良平は身をもって痛感した。
この一連の経験を通じて良平は、借地人が行方不明になるという想定外の事態にも、法律上定められた厳格な手順を一つずつ踏むことで、最終的には解決にたどり着けることを学んだ。感情的に急いで動くのではなく、専門家とともに手続きを積み重ねることの大切さを、良平は身をもって実感している。更地に戻った土地には新しい駐車場が整備され、良平は次の借り手を探すにあたって、今度は保証人や緊急連絡先の確認をこれまで以上に徹底するようにしている。
学びのボックス
| 公示送達とは | 相手の所在が不明で通常の送達方法で意思表示を伝えられない場合、裁判所の掲示板への掲示を通じて、法律上意思表示が到達したものとみなす制度。 |
| 契約解除に必要な催告と意思表示 | 地代滞納による契約解除には、滞納地代の支払い催告と解除の意思表示が必要で、これらも公示送達で行うことができる。 |
| 契約解除だけでは建物撤去できない | 契約が終了しても土地・建物の占有状態は別問題であり、建物撤去には建物収去土地明渡し訴訟が必要。 |
| 訴訟の送達にも公示送達を利用 | 被告(借地人)の所在が不明な訴訟でも、訴状の送達に公示送達を用いて審理を進めることができる。 |
| 手続き全体にかかる期間 | 契約解除から判決確定、強制執行までは1年以上かかることも珍しくなく、長期的な視点での対応が必要。 |




