『底地を買い取り』完全なマイホームへ
坂田義男は、四十年近く借地に住み続けてきた。父の代からこの土地を借り、地代を毎月欠かさず払い続け、自分の代でも同じように暮らしを重ねてきた。地主は近所に住む老齢の女性で、義男とは長年の付き合いがあり、地代の値上げ交渉も一度もなく、穏やかな関係が続いていた。庭の草木の手入れを頼まれたり、季節の野菜をもらったりと、単なる貸主借主を超えた交流も続いていた。
転機が訪れたのは、その地主が亡くなり、遠方に住む息子が底地を相続したときだった。息子は不動産管理の手間を負担に感じており、「底地をまとめて処分したい」という意向をほどなく義男に伝えてきた。義男は内心、複雑な思いを抱いた。もし底地が見ず知らずの不動産業者に渡ってしまえば、地代の値上げ交渉や更新料をめぐるトラブルに巻き込まれるかもしれない。それなら自分が買い取ってしまえば、長年住み続けてきたこの土地が、名実ともに自分のものになる。義男はそう考え、思い切って底地の買取りを申し出た。
不動産鑑定士に依頼して算出してもらったところ、この地域の借地権割合はおおむね六割で、更地価格から借地権割合分を差し引いた金額が、底地の適正な取引価格の目安になるとのことだった。義男は相続人である息子と何度か交渉を重ね、鑑定額に近い水準で合意に至った。長年の付き合いがある借地人だからこそ、息子も第三者に売るよりは気持ちよく手放せると感じてくれたようだった。電話越しに「うちの母もきっと喜んでいると思います」と言ってくれたことが、義男には何より嬉しかった。第三者の不動産業者に売却する場合と違い、価格や条件について柔軟に相談し合えたことも、今回の交渉が円滑に進んだ理由の一つだった。
資金は、退職金の一部と、金融機関から借り入れた底地取得ローンでまかなうことにした。所有権が一本化されることで担保評価が上がりやすく、融資審査もスムーズに進んだ。金融機関の担当者からは「借地権付きの土地よりも、所有権が一本化された不動産のほうが担保価値が高いので、これだけの年齢でも組みやすいですよ」と説明を受け、義男は少し驚きながらも安心した。契約書の取り交わしから所有権移転登記まで、司法書士のサポートを受けながら着実に手続きを進めていった。
数か月後、正式に底地の所有権移転登記が完了した。義男は登記識別情報の通知書を手にしたとき、これまでとは違う重みを感じたという。四十年間、毎月欠かさず地代を振り込んできた通帳の記録を思い返しながら、義男はしみじみとその重さを噛みしめた。地代の支払いも、地主との関係を気にする必要もなくなり、自分の土地に自分の家が建っているという、当たり前でありながら特別な実感を初めて味わうことができた。
固定資産税評価額も、借地権付きだった頃とは異なる形で見直され、資産としての土地の価値は大きく跳ね上がった。義男はこれからこの家を子供に引き継いでいくことを考えると、底地を買い取っておいてよかったと、しみじみと感じている。長年払い続けてきた地代の総額を思うと複雑な気持ちもよぎるが、それでも今、完全な所有権を手にした喜びのほうがはるかに大きいと、義男は笑顔で語っている。息子夫婦が孫を連れて遊びに来るたびに、義男は「この家と土地は、これから全部お前たちのものになるんだよ」と話すのが、最近の何よりの楽しみになっている。
学びのボックス
| 底地買取りのメリット | 借地権と所有権を一本化することで、地代の負担・地主変更のリスクがなくなり、資産価値も向上する。 |
| 相続をきっかけとした買取りの好機 | 地主の相続で底地の処分意向が生じたタイミングは、借地人にとって買取り交渉の好機になりやすい。 |
| 適正な底地価格の考え方 | 更地価格から借地権割合分を差し引いた金額が目安。借地人自身が買い取る場合は第三者取引より柔軟に交渉できる。 |
| 資金調達の方法 | 所有権一本化で担保評価が上がりやすく、「底地取得ローン」等の融資を活用できる場合がある。 |
| 所有権化による資産価値の変化 | 底地買取り後は固定資産税評価額も見直され、借地権付きだった頃と比べて資産としての価値が大きく高まる。 |




