『借地上の無体財産』電柱敷地料と看板代
中野雅之は、父から借地権付きの自宅と、一階を店舗として貸している小さなビルを相続した。父の代から続くこの土地には、敷地の隅に電力会社の電柱が立っており、外壁の一面には近隣で知られた飲食店の大きな看板広告が掲げられていた。相続の手続きを進める中で、雅之は初めて、この電柱と看板から毎年一定の収入が発生していることを知った。生前の父はそうした細かい収入について、家族にほとんど話していなかったようだった。
電柱については電力会社から「電柱敷地料」として年間数千円、看板については広告主から「看板設置料」として年間十数万円が、それぞれ父の生前から振り込まれていた。父の死後、これらの入金先を雅之の口座に切り替える手続きをしていたところ、地主の村上さんから思いがけない連絡が入った。「電柱も看板も、うちの土地の上に設置されているものなんだから、その収入はこちらに入るべきじゃないですか」。
雅之は戸惑った。たしかに土地の所有者は村上さんだが、電柱も看板も、実際には自分たち借地人の生活や商売に直接関わる場所に設置されている。誰の収入になるのが正しいのか判断がつかず、雅之は司法書士に相談することにした。
「借地権は、土地を使用し、そこから収益を得る権利、いわゆる使用収益権を含んでいます。借地契約が続いている間は、その土地を実際に使用し、収益を上げる立場にあるのは地主ではなく借地人です」。司法書士はそう説明した。「電柱敷地料や看板の設置料のように、土地や建物の利用に付随して発生する収入は、原則として、その土地を現に使用収益している借地人に帰属すると考えられています。地主に土地の所有権があるからといって、借地契約の存続中に生じるこうした付随収入まで当然に地主のものになるわけではありません」。
司法書士はさらに、「ただし、これは契約書に特段の定めがない場合の一般的な整理です。借地契約書の中に、電柱や看板など第三者からの収入の帰属について明確な取り決めがあれば、そちらが優先されます」と付け加えた。雅之は契約書を改めて確認したが、そうした特約は見当たらなかった。また、電柱敷地料についても、実際の契約は電力会社と土地・建物を現に管理する者との間で結ばれるのが一般的であり、今回のケースでは父の代から一貫して雅之の家族側が電力会社との窓口になっていたことも、判断材料の一つになった。
雅之は司法書士の説明をもとに、村上さんに対して、電柱敷地料と看板設置料は借地人である自分に帰属するものであり、これまでどおり受け取り続けたい旨を、丁寧に伝えることにした。契約書の写しと、司法書士から受け取った説明資料もあわせて提示した。村上さんは当初納得しきれない様子で、「じゃあうちには一切関係ないということか」と不満げだったが、法律上の整理を理解すると、それ以上の主張はしてこなかった。
この一件を通じて雅之は、借地権が単なる「土地を借りる権利」にとどまらず、そこから生じるさまざまな経済的利益にも及ぶことを学んだ。相続した財産の中には、こうした目に見えにくい権利関係も含まれているのだと、雅之は改めて実感している。今では看板の契約更新時期が来るたびに、契約内容を細かく確認し、収入の根拠をきちんと書面で残すよう心がけている。父が残してくれた小さな収入源も、正しい知識があってこそ守り抜けるものなのだと、雅之は今回の一件で深く理解した。
学びのボックス
| 借地権の使用収益権とは | 借地権は土地を使用し、そこから収益を得る権利を含む。契約存続中は借地人がその土地を実際に使用収益する立場にある。 |
| 電柱敷地料・看板設置料の帰属 | 土地や建物の利用に付随して発生するこうした収入は、原則として現に使用収益している借地人に帰属すると考えられている。 |
| 地主の所有権との関係 | 土地の所有権が地主にあるからといって、借地契約存続中に生じる付随収入まで当然に地主のものになるわけではない。 |
| 契約書の特約が優先 | 電柱・看板などの収入の帰属について契約書に明確な定めがある場合は、そちらが優先される。 |
| トラブルを防ぐには | 契約の窓口や収入の根拠を書面で明確にしておくことで、将来の帰属をめぐる争いを防ぎやすくなる。 |




