ものがたりで底地借地を学ぶ知るシリーズ
大野義雄(66歳)が父親の遺品を整理していると、古い帳面が出てきた。表紙には「地代帳」と書かれていた。日付と金額が几帳面に記されたそのページをめくると、最後の記録は十二年前で止まっていた。
父は五年前に亡くなっている。そのとき相続した財産の中に底地があることは知っていたが、義雄はずっと後回しにしてきた。地代は毎月銀行口座に振り込まれてくる。それだけを確認して、あとは放置していた。借地人が誰で、どんな建物が建っているかさえ、きちんと把握していなかった。
帳面を手にしたとき、義雄は初めて気がついた。父はこの土地と借地人との関係を、ずっと丁寧に記録し続けていたのだ。地代の受領日、金額の変遷、借地人との雑談の覚え書きまで書き添えられていた。父がどれほど誠実にこの関係を守ってきたか、ページをめくるたびに伝わってきた。
義雄には、借地人の田辺さんとほとんど接点がなかった。父の代から続く付き合いで、田辺さんはもう七十歳を超えているはずだ。地代の振込以外、連絡を取ったことは一度もなかった。このままでは、父が築いた関係をただ朽ちさせてしまうだけだと、義雄は感じた。
翌週、義雄は思い切って田辺さんに電話をかけた。最初は戸惑った様子だったが、「ご連絡いただけてよかったです。実は私も、一度ご相談したいことがありまして」と言われた。
話し合いの場を設けると、田辺さんは率直に話してくれた。「息子がこの家を引き継ぐつもりがないんです。私が元気なうちに、どうにかしたいと思っていました。でも、地主さんにどう話せばいいか、ずっと迷っていました」
義雄は専門家に相談した。担当者は、この状況で取りうる選択肢をわかりやすく整理してくれた。「一つ目は、田辺さんが借地権を義雄さんに売却する方法です。底地と借地権が同じ人の手に渡れば、完全な所有権の土地になります。売却するにも活用するにも、選択肢が大幅に広がります。二つ目は、底地と借地権を同時に第三者へ売却する方法です。双方が協力して一体の土地として売ることで、底地だけで売るより高値になる可能性があります」
義雄は田辺さんに二つの選択肢を伝えた。田辺さんは少し考えた後、「息子に残すつもりがないなら、一緒に売るほうがすっきりするかもしれません」と言った。その言葉には、長年抱えていた重荷を下ろすような、穏やかな安堵感があった。
その後、双方が合意のもと、専門家を交えた売却の手続きが始まった。買い手が見つかるまでに時間はかかったが、最終的に土地は新たな買い手の手に渡った。
義雄は売却を終えた後、父の地代帳をもう一度開いた。几帳面な文字が並ぶページを見ながら、父がこの土地と借地人との関係をいかに大切にしていたかを、今さらながら感じた。底地は単なる不動産ではなく、人と人との関係が積み重なったものだと気づいた。放置していた十二年間を少し後悔した。でも、田辺さんが元気なうちに動けたことは、せめてもの救いだった。底地を相続したら、まず現状を把握し、借地人が元気なうちに話し合いの場を持つこと。それが、後悔しない選択への入り口だと、義雄は学んだ。
いかがでしたのでしょうか。
底地を相続後に放置すると、借地人が高齢になるほど交渉が難しくなります。借地人が元気なうちに話し合いの場を設けることが、スムーズな解決への近道です。




