ものがたりで底地借地を学ぶ知るシリーズ
「底地を物納に使えるとは聞いていたんですが、こんなに大変だとは……」
代々の地主業を引き継いだ長男・上田隆之(五十四歳)が、税理士の岩崎先生の前でため息をついた。
父・上田義一が他界し、相続財産の大半は都内・近郊に点在する底地(借地権者がいる土地)が十二筆。売却もままならず、流動性の低い財産ばかりだ。相続税の試算は一億二千万円。手元の現金では到底足りない。
「底地を物納に充てましょう」と岩崎先生が当初提案し、隆之も納得した。しかし申告期限の三ヶ月前に税務署から届いた文書は、冷酷だった。「物納申請を却下します」
却下の理由は二つ
税務署の担当官から理由の説明を受けると、問題は明確だった。
一つ目は「境界未確定」。物納しようとした底地のうち三筆について、隣地との境界を示す測量図が法務局に存在せず、境界標も見当たらない。国が受け取ることができない状態だという。
二つ目は「賃貸借契約書の不備」。別の二筆について、借地人との賃貸借契約書が昭和四十年代のもので、その後の更新記録がなく、現在の地代・期間・借地人の住所が書面上確認できないという。
「物納は現金の代わりに財産を国に渡す制度です。国が後で管理・処分できる状態でなければ、受け取ってもらえません」と岩崎先生は説明した。
境界確定という「前作業」
隆之はすぐに土地家屋調査士の南先生に依頼した。
「境界確定には三つのステップがあります」と南先生は説明した。「まず現地調査で古い境界標を探し、測量を行います。次に隣地の所有者と道路管理者(市区町村など)に立会いを求め、境界の位置を確認してもらいます。全員の合意が得られたら『筆界確認書』に署名捺印をもらい、地積測量図を法務局に申請します」
問題は時間だった。隣地所有者の一人は高齢で連絡が取れるまで三週間かかり、別の一筆は隣地が共有名義で共有者全員の立会いが必要だった。
「申告期限まであと三ヶ月。境界確定だけで二〜三ヶ月かかる可能性があります」
延納で時間を買う
岩崎先生が提案したのは「延納」との併用だった。
「まず申告期限内に延納(相続税の分割払い)を申請し、税務署と利子税の支払いを取り決めます。その間に境界確定と契約書の整備を進め、物納の再申請に備えます」
賃貸借契約書の不備については、借地人全員に連絡を取り、現在の地代・期間・借地人情報を明記した「覚書」への署名を依頼した。長年の付き合いがある借地人たちは、ほぼ全員が快く応じてくれた。
境界確定に四ヶ月、契約書整備に二ヶ月——計六ヶ月の準備を経て、隆之は物納の再申請を行った。今度は税務署の審査を通過した。
準備が「物納」を実現させる
「最初から境界確定の準備を始めていれば、こんなに焦らなかった」と隆之は振り返った。
「地主家系の相続では、底地の物納は有力な選択肢です」と岩崎先生は言った。「ただし、境界が未確定の土地・契約書が不備の底地は、物納申請の前に必ず整備しておく必要がある。相続が発生したらすぐに土地の状態確認と専門家への相談を始めることが、唯一の正解です」
底地は資産である。しかし「使える資産」にするためには、書類と境界という二つの基盤が整っていなければならない。それは先代が生きているうちから準備しておくべきことでもあった。
【学びのボックス:底地物納のポイントとハードル】
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物納とは |
現金での相続税納付が困難な場合、一定の財産を現物で国(税務署)に納める制度(相続税法41条)。不動産・国債・上場株式などが対象だが、許可制で審査がある。 |
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底地物納が却下される主な理由 |
①境界が未確定(隣地との境界標がなく測量図が不備)、②賃貸借契約書が不備・紛失(借地人名義・地代・期間が不明)、③抵当権等の担保権が設定されている、④係争中の土地。 |
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境界確定の手続き |
測量士・土地家屋調査士に依頼し、隣地所有者・道路管理者との立会いのもとで境界を確定させ、「筆界確認書」を作成する。その後、地積測量図を法務局に申請する。 |
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物納申請のタイムライン |
物納は相続税の申告期限(相続開始を知った日の翌日から10ヶ月以内)までに申請が必要。境界確定には数ヶ月かかるため、相続発生後すぐに着手することが重要。 |
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延納との組み合わせ |
物納申請が間に合わない場合や準備期間が必要な場合は、まず延納(分割払い)を申請しつつ、物納の準備を進める方法もある。税理士・土地家屋調査士への早期相談が不可欠。 |




