『借地人が暴力団・反社』だったら?契約書内の反社排除条項による契約解除
吉川孝雄は七十一歳の地主。先代から引き継いだ八十坪ほどの土地を、四十年以上、田中さんという男性に貸している。田中さんは地代を一度も滞らせたことのない、律儀な借地人だった。二年前の契約更新のとき、不動産会社の勧めで覚書を交わし、「反社会的勢力の排除条項」を加えていた。借地人や関係者が反社会的勢力と判明した場合は、催告なしに契約を解除できるという内容だ。当時の孝雄にとっては、お守りのような一文にすぎなかった。
異変は今年の春に始まった。借地上の家から田中さんの姿が消え、見知らぬ男たちが出入りするようになったのだ。近所の人から孝雄のもとへ、毎日のように、夜中の怒鳴り声、玄関先への違法駐車、ゴミの放置を訴える電話が相次いだ。自治会長には「あなたの土地でしょう。何とかしてください」と詰め寄られた。孝雄は田中さんに何度も電話をかけ、手紙も出したが、返事はなかった。眠れない夜が続き、地主としての責任の重さを、あらためて思い知らされた。
調べると、田中さんは半年前、地主に一言もなく、知人を通じて建物と土地の使用を第三者に任せていたらしい。無断転貸の疑いだ。孝雄は、怒りに任せて乗り込みたい気持ちを抑え、旧知の弁護士を訪ねた。弁護士は、最初にこう釘を刺した。「相手が反社会的勢力に当たるかどうかは、証拠で決まります。近所の噂だけでは足りません。直接の交渉は、絶対にしないでください」。
孝雄は、苦情の内容を、日付と時間、苦情を寄せた人の名前つきでノートにまとめ、現場の様子を写真に残した。弁護士は、警察の相談窓口や暴力追放運動推進センターと連絡を取り、占有者が暴力団と関係する人物であることを裏づける資料を整えていった。解除の根拠も、一つに頼らない方針にした。第一に、契約書の排除条項による解除。第二に、承諾のない転貸による解除である。民法では、賃借人が賃貸人の承諾なく第三者に使用させた場合、賃貸人は契約を解除できると定められている。ただし、実際に認められるかは、信頼関係を壊す行為かどうかで判断される。
弁護士の名前で、田中さんと占有者あてに、内容証明郵便と配達証明で解除通知を送った。排除条項に基づく解除を主位に、無断転貸による解除を予備的に併記し、建物を収去して土地を明け渡すよう求めた。しかし、占有者は通知を無視して居座った。孝雄は、鍵を替えて荷物を外へ出したくなった。だが弁護士に止められた。「自力で追い出すと、地主さんのほうが責任を問われかねません」。
弁護士は、建物収去土地明渡しの訴えを起こし、あわせて占有者が入れ替わらないよう、占有移転禁止の仮処分を申し立てた。裁判の中で、行方の分からなかった田中さんにも連絡がつき、無断転貸の経緯が明らかになった。やがて占有者は退去に応じ、建物を撤去して土地を返す内容で和解が成立した。解決までには、約一年かかった。その間の弁護士費用や仮処分の担保金は、孝雄にとって軽い負担ではなかった。それでも、近所の人たちから「ありがとう」と声をかけられたとき、孝雄は初めて肩の力が抜けた。
孝雄は、契約書のたった一文と、毎日欠かさずつけた記録に救われたと、今では感じている。排除条項は、入れておくだけでは足りない。いざというとき、証拠をそろえて使えてこそ意味がある。住人の入れ替わりに気づいたら、早めに弁護士へ相談する。孝雄は今、そう周りの地主に伝えている。
学びのボックス
| 反社会的勢力の排除条項 | 借地人や関係者が反社会的勢力と判明した場合に、催告なしで解除できる旨を定める条項。更新時の覚書などで追加しておくと有効。 |
| 反社該当性は証拠で判断 | 解除には、相手が反社会的勢力に当たる証拠が必要。警察の相談窓口や暴追センター、弁護士と連携し、資料を整える。直接交渉は避ける。 |
| 無断転貸による解除 | 借地人が地主の承諾なく第三者に使用させた場合、民法上、解除できる。ただし信頼関係を破壊する行為かどうかで判断される。 |
| 自力救済は禁止 | 鍵の交換や荷物の搬出など、地主が自分で追い出す行為は認められない。内容証明で解除を通知し、訴訟と仮処分で明け渡しを求める。 |
| 契約時の備えと記録 | 苦情は日付・時間・写真で記録する。契約書の排除条項は、更新時にも確認し、入れておくだけでなく、使える状態に整えておく。 |




