[学ぶ・知る]境界線上に立つ大木:根っこを切っていいのは誰?
「もうずっと悩んでいるんです。あの木の枝が、毎年うちの庭に落ち葉を降らせて……」 横浜市郊外の借地に暮らす田中妙子(六十一歳)が、法律相談窓口で口を開いたのは秋口のことだった。 問題の木は、隣の地主・遠藤家の敷地に立つ大きなケヤキだ。幹の太さは大人が両腕を広げても抱えきれないほど。その枝が年々大きく伸び、今では田中家の借地の屋根の上まで覆いかぶさっている。秋には大量の落ち葉が積もり、春には毛虫が降ってくる。台風のたびに太い枝が折れて落ち、屋根を傷つけないかと怖くてたまらない。 「遠藤さんに何度かお願いしたんですが、『高い木だから業者を呼ぶのが大変』と言われるだけで、五年以上動いてもらえていません」「勝手に切ってはいけない」だった旧ルール
相談を受けた司法書士の藤田先生は、まず法律の変化を丁寧に説明した。 「田中さん、実は去年の法律改正で、この問題の対処法が変わりました。以前は、隣の木の枝が越境してきても、勝手に切ることは原則としてできませんでした。切除を求める権利はあっても、相手が動かなければ裁判所に訴えるしか手がなかった」 「そうですよね。だから諦めていたんです」と妙子は頷いた。 「しかし二〇二三年四月から施行された改正民法(二三三条)で、一定の要件のもとで、越境してきた枝を自分で切れるようになりました」「催告」という正しい手順
「自分で切れるようになったんですか!」と妙子は目を輝かせた。 「条件があります。まず、竹木の所有者——今回は遠藤さん——に対して、枝の切除を書面で求め、相当の期間(目安として少なくとも二週間以上)を定めて催告します。その期間が過ぎても対応がない場合に初めて、自ら業者を手配して枝を切ることができます」 「口頭ではなく書面が必要なんですね」 「内容証明郵便や配達記録付きの書面が確実です。証拠が残ることが重要です。催告の事実がなければ、勝手に切ったとして問題になる可能性があります」 「費用は誰が払うんですか」 「原則として、越境させた側——遠藤さん——に請求できます。ただし金額や回収の確実性については状況によります。作業前後の写真を撮っておくことを強くお勧めします」根っこはずっと「自分で切れた」
「ちなみに、根が庭の地中にまで伸びてきているんですが、それはどうですか」と妙子は続けた。 「根については、改正前後を問わず、自分で切ることができます(民法二三三条四項)。越境してきた根は、地主に断りなく切除できる——これは以前から変わっていません」 「枝と根でルールが違うんですね」と妙子は少し驚いた。 「そうです。枝は木全体に影響する可能性があるため慎重な扱いが求められ、根は越境した範囲の問題として自己処理が認められてきました。改正によって枝についても一定の自己対処が可能になり、長年の問題が解消しやすくなりました」催告書を送る
妙子は藤田先生の助言のもと、遠藤家に内容証明郵便で催告書を送った。「越境している枝を三週間以内に伐採してください。対応がない場合は当方が業者を手配して切除します」という内容だ。 二週間後、遠藤家から電話があった。「業者を手配しました。来月中に切ります」 妙子はほっとした。「手紙一枚で五年間の問題が動いた」と藤田先生に報告すると、先生は穏やかに言った。「法律の知識は、行動する勇気を与えてくれます。それが一番大事なことです」 改正民法は、長年泣き寝入りしてきた人たちに新しい選択肢を与えた。催告という一手間が、隣人との関係を崩さずに問題を解決する鍵になる。学びのボックス:改正民法・越境竹木の枝伐採ルール
| 改正前のルール(旧民法233条) | 隣地から越境してきた竹木の「枝」は、隣地所有者に切除を請求することしかできず、勝手に切ることはできなかった。「根」は自分で切れた。 |
| 2023年4月改正後のルール(民法233条) | 竹木の所有者に催告したにもかかわらず相当期間内に切除しない場合、または竹木の所有者が不明・所在不明の場合、枝を自ら切除できるようになった。 |
| 催告の手順 | ①越境している竹木の所有者(地主など)に書面で伐採を求める(期限を明示)、②相当の期間(少なくとも2週間以上が目安)が経過しても対応がない場合、③自ら伐採業者を手配して枝を切除できる。 |
| 根は従来通り自分で切れる | 改正前後を問わず、根が越境してきた場合は自分で切ることができる(民法233条4項)。ただし切除に伴う費用負担については状況に応じて異なる。 |
| 費用の負担 | 越境枝の切除費用は、原則として竹木の所有者(越境させた側)に請求できる。ただし請求の手続きや証拠の保存が重要。作業前後の写真記録を残しておくことを勧める。 |




