『特約がない更新料』借地人が拒否した場合の地主の攻防戦
青木正樹は五十二歳。三年前に亡くなった父から、都内の住宅地にある八十坪の底地を相続した。借地人は、四十年来の付き合いがある谷口さん。今年、借地契約の二十年の期間が満了を迎える。更地価格は約五千万円。正樹は不動産会社の知人から「更新料は更地価格の三%、百五十万円が相場ですよ」と聞き、請求書を作って谷口さんに送った。
数日後、谷口さんから返事が届いた。「契約書に更新料の定めはありません。お支払いするつもりはありません」。正樹は慌てて、父の残した契約書を開いた。何度読み返しても、更新料に触れた条文はなかった。地代も滞らず払ってくれている。それでも、慣習として当然もらえるものと思い込んでいた正樹は、肩透かしを食らった気分だった。
正樹は、地元の弁護士に相談した。弁護士は、資料を見て言った。「結論から言うと、更新料の特約がない以上、請求は難しいと思います。更新料は、当事者の合意があって初めて支払い義務が生じるものです。判例も、更新料の支払いを求めるには、契約書などによる合意が必要だという立場に立っています。借地人が拒めば、裁判でも強制できません」。
「では、更新を断ることはできないのですか」。弁護士は首を振った。「地主さんが更新を拒むには、自ら土地を使う必要があるなどの正当事由が要ります。更新料を払わないという理由だけでは認められません。借地人が使い続けていれば、契約は法律上、同じ条件で更新されます。借地借家法では、最初の更新後の期間は二十年です」。正樹は肩を落とした。百五十万円を見込んでいた分、落胆は大きかった。
弁護士は、別の道を示した。「請求の方向を変えましょう。まず、地代です。三十年近く据え置かれていませんか」。確かに地代は月三万二千円のまま。近隣の相場や固定資産税の上昇を考えれば、低すぎた。「借地借家法には、地代が不相当になったときの増額請求があります。話し合いがまとまらなければ、調停という手続きもありますが、まずは協議が基本です。もう一つは、更新後の約束です。今回の更新にあわせて、次回の更新時に更新料を支払う旨の特約を、合意書に入れるのです」。
正樹は、前のめりに送ってしまった請求書を引っ込め、谷口さんを訪ねた。まず、更新料の請求を取り下げ、無理を言ったことを謝った。そのうえで、近隣の地代相場と固定資産税の推移を示す資料を見せ、地代の見直しを丁寧に相談した。谷口さんは意外そうな顔をしたが、長年の付き合いもあって、腰を据えて話を聞いてくれた。資料に目を通して、「確かに、長く据え置いてもらっていました」と言った。
話し合いは二度に分けて行い、谷口さんも家族と相談する時間を取った。その末、地代は月三万二千円から三万八千円に改め、次回の更新時に更新料を支払う旨の特約を加えることで、合意が成立した。更新料の額は、次回更新時の更地価格の三%とした。正樹は弁護士に合意書を作ってもらい、更新後の期間や地代の改定日、特約の内容を明記して、谷口さんと署名押印した。
結局、今回は更新料を受け取れなかった。それでも正樹は、年間で約七万円増える地代と、将来の約束という二つを得た。更新料がない契約は、地主が思う以上に多い。契約書に書いていなければ請求できないという事実を、正樹は身をもって知った。更新の時期を迎えたら、まず契約書を確認し、特約の有無で交渉を組み立てる。正樹は今、周りの地主にそう話している。
学びのボックス
| 更新料は特約が前提 | 更新料は、契約書などで支払う旨の合意があって初めて請求できる。特約がなければ、借地人が拒んだ場合に裁判でも強制できない。 |
| 更新拒絶には正当事由 | 更新料を払わないという理由だけで、地主は更新を拒めない。自己使用の必要性などの正当事由が必要で、認められるハードルは高い。 |
| 地代増額請求への切り替え | 地代が不相当になった場合は、借地借家法に基づき増額を請求できる。近隣相場や固定資産税の推移を資料にして協議する。 |
| 次回更新時の特約付加 | 今回の更新にあわせて、次回の更新料の支払いを合意書に明記しておく。金額や算定方法を明確に書き、書面で残す。 |
| 契約書の事前確認 | 更新時期が近づいたら、まず契約書の更新料条項を確認する。請求前に弁護士や不動産の専門家へ相談し、感情的な請求を避ける。 |




