『事業用定期借地権』10年以上50年未満の契約期間と公正証書の必須条件
大野義昭は、幹線道路沿いに所有する土地を、全国展開するファミリーレストランのチェーン店に貸すことになった。契約期間は三十年、更新のない事業用定期借地権として貸し出す計画で、担当の不動産会社が用意した契約書に基づいて手続きを進めていた。義昭にとっては初めての大きな不動産取引で、地代収入への期待も大きかった。長年遊ばせていた土地から、ようやくまとまった収入が得られるという喜びもあった。
契約締結の直前、義昭は念のため懇意にしている司法書士にも契約書を見てもらうことにした。ところが、司法書士は契約書に目を通すなり、表情を曇らせた。「大野さん、この契約は事業用定期借地権として結ぶご予定ですよね。ですが、この契約書のままでは、法律上の要件を満たしていません」。義昭は驚いた。契約書の内容自体には、期間や地代など必要な事項がきちんと書かれているように見えたからだ。
「事業用定期借地権を有効に成立させるには、借地借家法によって、公正証書によって契約を締結することが必須とされています。これは通常の賃貸借契約書のように、当事者間で署名押印するだけの私文書では足りず、公証役場で公証人の関与のもとに作成される公正証書という、特別な形式が必要になるのです」。司法書士はそう説明した。
義昭は、なぜそこまで厳格な要件が課されているのか、疑問に思った。「事業用定期借地権は、通常の借地権と違って更新がなく、契約期間が満了すれば借地人は建物を取り壊して土地を返還しなければなりません。借地人にとって非常に重い義務を伴う契約であるため、後になって『そんな内容とは知らなかった』というトラブルを防ぐ目的で、公正証書という厳格な形式が義務づけられているのです」。
「では、もしこのまま私文書で契約を結んでしまったら、どうなるのでしょうか」と義昭が尋ねると、司法書士は厳しい現実を伝えた。「その場合、事業用定期借地権としての効力は生じません。更新のない契約にしたいという意図があったとしても、実際には更新のある通常の借地権として扱われてしまう可能性が高いのです。三十年後に土地を返してもらうつもりが、正当事由がない限り契約を終了させられない事態になりかねません」。義昭は背筋が凍る思いだった。契約書の見た目がどれだけ整っていても、公正証書という形式を欠いていれば、意図した権利関係がまったく成立しないという事実に、義昭は言葉を失った。
義昭はすぐに不動産会社の担当者と相談し、公正証書による契約に切り替えることにした。公証役場に出向き、契約内容を公証人に確認してもらいながら、正式な公正証書として契約を締結し直した。手続きには通常の契約よりも時間と若干の費用がかかったが、義昭は「三十年後に確実に土地を取り戻せる安心感には代えられない」と感じていた。
契約締結後、義昭は改めて司法書士に感謝を伝えた。もし公正証書の要件を知らないまま契約を進めていたら、三十年間、更新のない契約のつもりで、実際には強い借地人保護のある通常の借地契約を結んでしまうところだったのだ。
この経験を通じて義昭は、事業用定期借地権という制度が持つ大きなメリットの裏に、公正証書という厳格な要式が課されていることを学んだ。不動産会社に任せきりにせず、専門家によるダブルチェックを受けることの重要性を、義昭は身をもって理解した。以来、義昭は不動産取引の話が持ち上がるたびに、契約前に必ず司法書士へ相談する習慣をつけている。
学びのボックス
| 事業用定期借地権とは | 借地借家法23条に基づき、事業用建物の所有を目的として設定される、更新のない借地権。存続期間は10年以上50年未満。 |
| 公正証書が必須の要式契約 | 事業用定期借地権は、公正証書によって契約しなければ効力を生じないと定められている。 |
| 私文書で契約した場合のリスク | 公正証書によらず契約すると、事業用定期借地権としての効力が生じず、更新のある通常の借地権とみなされる可能性がある。 |
| 公正証書が求められる理由 | 借地人に重い原状回復義務を課す契約であるため、内容を明確にし後日の紛争を防ぐ目的がある。 |
| 実務上の注意点 | 不動産会社任せにせず、司法書士など専門家によるダブルチェックを受けることが望ましい。 |




