ものがたりで底地借地を学ぶ知るシリーズ
篠田洋平(58歳)が母の遺品を整理していたとき、古い封筒の中に一枚の紙を見つけた。「土地賃貸借契約書」と印字されたその書面は、日付が昭和五十三年になっていた。四十年以上前の契約だ。
母は三年前に他界し、自宅と少しの預貯金を洋平が相続していた。相続手続きは専門家の力を借りてなんとか終わらせたが、財産の確認は最低限しかしていなかった。ところがこの契約書には、洋平がまったく知らない住所が書かれていた。隣の市にある土地を、「山本」という人物に貸しているという内容だった。
翌日、その住所を訪ねると、古い木造の平屋が静かに建っていた。表札には「山本」とある。インターホンを押すと、七十代とおぼしき女性が出てきた。
「田中さんの息子さんですか。お母様がお亡くなりになったとは知りませんでした。地代はこれまで通り振り込んでいたのですが……」
洋平は初めて気がついた。地代が振り込まれていたはずの口座は、母が使っていた古い口座で、洋平は引き継いでいなかった。確認してみると、母の死後も毎月振り込まれ続けていたが、誰も気づかないまま口座に積み上がっていた。山本さんも、振込先が変わらないまま何年も払い続けていたのだ。
専門家に相談すると、いくつかの大切なことを教えてもらった。
「まず、お母様が亡くなられた時点で、地主としての権利と義務は洋平さんに引き継がれています。借地人の山本さんへの通知はできていましたか?」
「していません。存在自体を知らなかったので」
「それは早急にお知らせする必要があります。地代の受け取り先も変更してもらいましょう。また、契約内容を改めて確認し、現在も有効な契約かどうかを整理することが必要です」
古い契約書を精査すると、当初の契約期間はとっくに過ぎていた。しかし借地借家法では、契約期間が満了しても当事者が異議を唱えなければ、同条件で契約が更新されたとみなされる「法定更新」という仕組みがある。山本さんが引き続き地代を払い、洋平の母も受け取り続けていたことから、契約は法定更新によって継続していたと判断された。
山本さんに改めて正式に挨拶をすると、「ずっと不安だったので、きちんとご連絡いただけて安心しました」と言われた。長年、地主が誰なのかもわからないまま、ただ振込先に払い続けていた山本さんの不安も、相当なものだったはずだ。互いの事情を話し合うことで、ようやく関係が正常化された。
洋平は、相続した財産の全容をきちんと把握することの大切さを、今回身をもって学んだ。不動産は登記簿に載っているものだけではない。古い契約書、通帳の振込履歴、父や母が大切にしまっていた書類——そのどれかに、大切な情報が隠れていることがある。
相続の手続きを終えてから整理するのではなく、まず財産の全体像を丁寧に把握すること。思わぬ底地が眠っていることもある。それが、後悔しない相続の第一歩だと、洋平は感じた。
【この記事で学べること】
相続した財産には、登記簿に載っていない古い借地契約が含まれる場合があります。古い書類や通帳の振込履歴を丁寧に確認することが、トラブルを防ぐ第一歩です。




