『底地と借地権の交換』固定資産の交換の特例で非課税にする方法
森川誠一が所有する底地には、長年、借地人の田辺さんが自宅を建てて暮らしていた。誠一と田辺さんは、以前から「お互いに中途半端な権利を持ち続けるより、いっそのこと土地を分けて、それぞれが完全な所有権を持てるようにできないか」と話し合っていた。土地の形状を工夫すれば、敷地を二つに分筆し、一方を誠一の完全所有地に、もう一方を田辺さんの完全所有地にできそうだった。長年の付き合いがあったからこそ、お互いに率直にこの構想を話し合える関係が築けていた。
誠一は税理士に相談することにした。「底地と借地権を等価で交換して、それぞれが完全所有権の土地を持てるようにしたいのですが、これは通常の売買と同じように課税されてしまうのでしょうか」。税理士は少し考えてから答えた。「単純に売買として処理すれば、双方に譲渡所得税が発生します。しかし、要件を満たせば『固定資産の交換の特例』を使うことで、譲渡所得税を非課税、正確には将来へ繰り延べる形にできる可能性があります」。
税理士はこの特例について詳しく説明してくれた。「所得税法五十八条に定められたこの特例を使うには、いくつかの要件を満たす必要があります。まず、交換する資産をお互いに一年以上所有していること。次に、交換のためだけに取得した資産ではないこと。そして、交換する資産が同じ種類の資産であることです。底地と借地権は、いずれも土地に関する権利として、この『同種資産』の要件を満たすと考えられます」。
「さらに、交換で取得した資産を、譲渡した資産の直前の用途と同じ用途に使い続けること、そして交換する資産の時価の差額が、高い方の時価の二十パーセント以内であることも求められます」。誠一と田辺さんの場合、いずれも長年住居や賃貸のために使ってきた土地であり、用途を変えるつもりもなかったため、この点は問題なさそうだった。
誠一と田辺さんは、それぞれ不動産鑑定士に依頼して、交換対象となる土地の時価を算出してもらった。分筆する境界線を微調整しながら、双方の時価の差が二十パーセント以内に収まるよう、慎重に交換の範囲を決めていった。多少の差額が生じる部分については、金銭で調整することで合意した。境界の微調整には測量士も加わり、現地での立会いを何度か重ねる根気のいる作業となった。当初の想定より分筆の形状調整に時間がかかったものの、双方が納得できる結果にたどり着くことができた。
税理士と司法書士のサポートを受けながら、誠一と田辺さんは土地の分筆登記と、交換を原因とする所有権移転登記の手続きを進めた。要件を満たしていることを示す資料をそろえたうえで確定申告に臨み、無事に固定資産の交換の特例の適用を受けることができた。譲渡所得税の課税は将来の売却時まで繰り延べられ、当面の資金負担なく、双方が完全な所有権を手に入れることができた。この繰り延べの仕組みにより、いずれ土地を売却する際には改めて課税対象になる点も、税理士からしっかりと確認しておいた。
この経験を通じて誠一は、底地と借地権という複雑な権利関係も、税務上の特例をうまく活用すれば、双方にとって納得のいく形で解消できることを学んだ。要件が細かく定められているだけに、必ず税理士や司法書士といった専門家の力を借りながら進めることの大切さを、誠一は身をもって理解した。手続きが完了した後、誠一と田辺さんはそれぞれの土地に新たな塀を設け、名実ともに独立した所有者として、これからも隣人として良好な関係を続けている。
学びのボックス
| 固定資産の交換の特例とは | 所得税法58条により、一定の要件を満たす固定資産同士を交換した場合、譲渡所得税を非課税(課税繰延)にできる特例。 |
| 1年以上保有の要件 | 交換する資産をそれぞれ1年以上所有していることが必要。 |
| 同種資産・同一用途の要件 | 交換する資産が同じ種類(例:土地と土地)で、譲渡直前の用途と同じ用途に使い続けることが必要。 |
| 時価差20%以内の要件 | 交換する資産の時価の差額が、高い方の時価の20%以内であることが必要。差額は金銭で調整することもできる。 |
| 課税は繰延べであり非課税ではない | 特例適用後も将来その土地を売却する際には、繰り延べられた譲渡所得が課税対象になる点に留意が必要。 |




