[学ぶ・知る]『借地権の競売』地主が買い取るチャンス
「先生、借地人の山口さんが破産して、建物が競売にかかるらしいんですが……これはどういうことになるんでしょう」 地主の川島孝行(六十六歳)が弁護士の原田先生を訪ねたのは、裁判所からの通知が届いた翌日のことだった。 川島家の底地に三十年間住んでいた借地人・山口勇次が、事業の失敗で自己破産を申請した。借地権付きの建物は破産財団に組み込まれ、競売にかけられることになったという。 「知らない人間が新しい借地人になったら困る。何か手はありますか」
借地権の競売で何が起きるか
原田先生はまず状況を整理した。 「借地権付き建物が競売にかかると、落札者は建物の所有権と借地権をセットで取得します。その落札者が新しい借地人になります。建物の登記がある以上、落札者は川島さんに借地権を対抗できますから、拒否することはできません」 「では、見知らぬ人が勝手に入ってくるということですか」 「法的には、そういうことになります。ただし、民事執行法に基づいて、地主が優先的に買い取る手続きがあります」 「優先買取?」 「競売において、借地権の売却には地主の承諾が必要です。承諾しない場合は裁判所が許可を与えますが、その際に地主が『自分が落札者と同額で買い取る』と申し出ることができます(民事執行法六十三条)。これを『優先買取の申出』といいます」
「優先買取申出」の仕組みと手順
「具体的にはどうすればいいんですか」と川島は前のめりになった。 「まず、競売の手続きが始まったら、執行裁判所から川島さんへ『借地権の売却許可についての意見申述の催告』が届きます。その段階で、川島さんは『自分が優先買取をしたい』と申し出ることができます」 「申し出たら、確実に買えますか」 「落札者の最高入札価格と同額で買い取る意思を示した場合、裁判所はその申出を認める可能性があります。ただし自動的に落札できるわけではなく、申出の内容と手続きが適正であることが条件です。弁護士に依頼して正確に進める必要があります」 「買い取った後はどうなりますか」 「川島さんが借地権と建物を取得します。底地はもともと川島さんのものですから、借地権と統合することで完全な所有権が回復します。長年の底地状態が一気に解消されるチャンスです」
資金の準備と入札価格の見極め
「買い取るための資金はどれくらい必要ですか」 「競売の最低売却価格は裁判所が評価人に依頼して算定します。借地権付き建物の評価額は、建物の価値と借地権の価値を合算したものです。今回の建物は築三十年の木造ですから、建物自体の価値は低い。借地権の評価が価格の中心になります」 「借地権の評価は高くなりますか」 「この地域の借地権割合は六〇%です。土地の更地価格が仮に五千万円なら、借地権評価額は三千万円が目安です。ただし競売では、通常の売買より安くなることが多い。最終的な落札価格は競争次第ですが、川島さんが同額で買い取れれば、相場より割安に取得できる可能性があります」 川島は試算した。三千万円以下で底地と借地権が一体化できるなら、長年の管理コストと将来の相続税軽減効果を考えると、十分に合理的な投資だ。
手続きの実際と結果
原田先生が代理人として執行裁判所に優先買取の申出を行った。競売の入札期日に、第三者による入札があったが、川島はその価格と同額(二千六百万円)での優先買取申出が認められた。 「二千六百万円で、三十年間貸していた土地が完全に自分のものになった」と川島は言った。「底地だけ持っていても使い道が限られていたが、これで売るも使うも自由になった」 「競売は地主にとってデメリットだけではありません」と原田先生は言った。「うまく動けば、長年の宙吊り状態を一気に解消できる機会になります。ただし手続きは複雑で時間制限も厳しい。裁判所から通知が届いた瞬間に、弁護士に相談することが絶対条件です」 借地権の競売は、地主にとって脅威にも機会にもなる。その分岐点は、通知が届いてからの初動にある。
[学びのボックス]借地権競売と地主の優先買取のポイント
| 借地権の競売で起きること | 借地人が破産すると借地権付き建物が競売にかかる。落札者が新しい借地人となり、建物登記がある限り地主は拒否できない。知らない第三者が借地人になるリスクがある。 |
| 優先買取申出とは | 競売において地主が「落札者と同額で自分が買い取る」と申し出る手続き(民事執行法63条)。認められると地主が借地権・建物を取得でき、底地と統合して完全所有権を回復できる。 |
| 手続きのタイミング | 裁判所から「借地権売却許可についての意見申述の催告」が届いた段階で申出を行う。時間制限が厳しく、通知受領後すぐに弁護士に相談することが不可欠。 |
| 取得価格の目安 | 競売では通常の売買より安くなることが多い。借地権評価額(更地価格×借地権割合)を基準に、裁判所が最低売却価格を設定する。地主が同額で買い取れれば割安取得の可能性がある。 |
| 取得後のメリット | 借地権と底地が統合されると完全所有権となり、売却・担保設定・建替えが自由になる。相続税評価も底地評価から更地評価に切り替わるため、将来の資産設計にも影響する。 |




