『定期借地権の契約期間満了』解体工事の見積もりで揉める理由
田村勝弘が住む一戸建ては、五十年前に設定された一般定期借地権に基づいて建てられたものだった。契約期間の満了が近づき、勝弘は地主の岡本さんに更地返還の相談を始めた。契約書には「期間満了時には建物を解体し、更地にして返還する」とだけ書かれており、具体的にどこまでを解体すればよいのか、勝弘にはよく分からなかった。父の代からこの家に住み続けてきただけに、いよいよ手放すときが来たのかという感慨も入り混じっていた。
複数の解体業者から見積もりを取ってみると、金額に大きなばらつきがあることに勝弘は驚いた。安い業者は建物本体の解体だけを想定した金額だったが、高い業者は、庭に据えた大きな庭石の撤去や、擁壁の解体、建物の基礎に打ち込まれた杭の引き抜きまで含めた金額を提示していた。その差額は百万円近くにのぼり、「どこまでやれば、契約上の『更地』と認めてもらえるのか分からない」と、勝弘は不安を募らせた。
岡本さんに相談すると、「うちとしては、庭石も擁壁も基礎の杭も、全部きれいに撤去してもらわないと更地とは言えない」という考えを示された。勝弘としては、庭石の撤去だけでも数十万円単位の追加費用がかかることに難色を示し、両者の話し合いは平行線をたどってしまった。
見かねた司法書士に相談すると、思いがけない現実を教えられた。「実は『更地』の定義について、法律上、一律の明確な基準があるわけではありません。契約書に具体的な取り決めがなければ、何をもって更地とするかは、当事者間の協議や、地域の慣行、契約締結時の状況などを踏まえて個別に判断していくことになります」。勝弘は、契約書の曖昧さがこれほどのトラブルにつながるとは思っていなかった。
司法書士はさらに、「一般的には、建物本体とその基礎は当然撤去の対象になりますが、擁壁については、それが土地の一部として当初から存在していたものか、借地人が独自に設置したものかによって扱いが変わってきます。庭石のような動産に近いものも、契約上の取り決めがなければ判断が分かれやすいポイントです」とアドバイスしてくれた。
勝弘と岡本さんは、司法書士を交えて改めて話し合いの場を持ち、契約当時の写真や造成時の記録を確認しながら、一つずつ整理していった。擁壁はもともと造成時から存在していたものであることが分かり、これは残置することで合意した。一方、庭石と基礎の杭については、勝弘の負担で撤去することで折り合いをつけた。古い測量図や当時の分譲パンフレットまで引っ張り出して確認する作業は手間がかかったが、双方が納得するための欠かせない材料になった。
双方が納得できる形で「更地返還に関する確認書」を作成し、撤去範囲と費用負担を明文化したうえで、勝弘は解体工事を発注した。工事完了後の現地確認では、確認書の内容どおりに更地が整っていることを、勝弘と岡本さんの双方が立ち会って確かめた。
この経験を通じて勝弘は、契約書に「更地にして返還する」とだけ書かれていても、実際の解体範囲をめぐっては大きな解釈の幅があることを学んだ。定期借地権の契約を結ぶ際には、擁壁や庭石、基礎杭の扱いまで、あらかじめ具体的なガイドラインとして取り決めておくことの重要性を、勝弘は身をもって痛感している。土地を返還した後、勝弘は新しい住まいに移り、時折この土地の前を通るたびに、五十年間過ごした家族の記憶を懐かしく思い出している。
学びのボックス
| 「更地」に明確な法定基準はない | 契約書に具体的な定めがなければ、何をもって更地とするかは協議や慣行、契約締結時の状況を踏まえて個別に判断される。 |
| 撤去義務の基本 | 建物本体とその基礎は当然に撤去対象になるのが一般的な考え方。 |
| 擁壁の扱い | 造成時から存在していた擁壁か、借地人が独自に設置したものかによって、残置か撤去かの判断が分かれる。 |
| 庭石など動産的なものの扱い | 契約上の取り決めがなければ判断が分かれやすく、事前の協議が重要になる。 |
| 更地返還に関する確認書の重要性 | 撤去範囲と費用負担を書面で明文化し、双方立会いのもとで最終確認することがトラブル防止につながる。 |




