[学ぶ・知る]『自己借地権』を活用した地主の節税対策
「相続税の試算が出ました。このままでは土地だけで三億円を超える課税になります」 税理士の久保先生からその言葉を聞いた瞬間、藤原宗一郎(六十四歳)は背筋が冷えた。 藤原家は関東近郊に先祖代々の土地を持つ地主だ。相続税の対策として生前贈与や不動産の組み換えを検討してきたが、土地は更地のまま活用できていない遊休地が複数ある。売却する気もないし、かといって放置すれば相続税の重荷がのしかかる。 「何か手はありますか」と宗一郎は尋ねた。 「自己借地権の設定という方法があります」と久保先生は言った。
「自己借地権」という仕組み
「自己借地権とは、土地の所有者(個人)が自身の経営する法人に対して借地権を設定することです。個人と法人は法律上別の主体ですから、自分の土地を自分の会社に貸す契約を結ぶことができます」 「それで何が変わるんですか」 「土地の相続税評価が大きく変わります。更地のままなら路線価がそのまま評価額になりますが、借地権を設定すると土地は『底地』として評価されます。底地の評価額は、更地の評価額から借地権割合を差し引いた金額です。このエリアの借地権割合が六〇%なら、評価額は更地の四〇%まで圧縮されます」 宗一郎は計算した。更地評価が一億円の土地なら、四千万円に下がる。三億円の課税がどこまで抑えられるか——期待が膨らんだ。
税務否認のリスク:「形式だけ」では通じない
しかし久保先生はすぐに「ただし」と続けた。 「このスキームには、税務否認のリスクが伴います。最も問題になるのは、地代の設定です」 「地代というのは、会社から私に払う賃料のことですね」 「そうです。税務署は、個人と法人の間の取引が適正な対価で行われているかを厳しく見ます。地代が市場相場より著しく低い場合、『実質的に無償の贈与』とみなして課税してくることがあります。逆に相場より高すぎると、法人への利益移転として問題になります」 「では、どうやって地代を決めればいいんですか」 「不動産鑑定士に近隣の地代相場を査定してもらい、その結果をもとに設定します。さらに、毎年地代を実際に支払い続けることが絶対条件です。形式だけの契約で支払いを怠れば、税務署は借地権が実態として存在しないと判断します」
「事業の実態」が必要条件
宗一郎はもう一つ気になることを聞いた。「会社が土地に何も建てなくてもいいんですか」 「理想的には、法人が土地を使って実際に事業を行っている実態があることが重要です。駐車場経営、太陽光発電、資材置き場など——何らかの事業目的があれば、借地権の設定に経済的な合理性があると税務署に説明しやすくなります」 「なにもしなければ?」 「節税だけを目的とした名目上の契約と認定されるリスクが高まります。租税回避行為として否認されると、設定した借地権が認められないだけでなく、追徴課税と延滞税が発生します」 久保先生は弁護士・不動産鑑定士とチームを組み、三ヶ月かけて藤原家の遊休地のうち二筆について自己借地権の設定を設計した。法人は太陽光発電事業を行う計画があり、事業の実態も伴う形にした。
「節税」ではなく「資産設計」として考える
「このスキームを使えば、相続税を大幅に圧縮できますか」と宗一郎は改めて確認した。 「適正に設計・運用すれば、評価圧縮の効果は確実にあります。ただ、これは節税の『小手先』ではなく、土地の長期的な資産管理として設計してほしい。地代を払い続ける、事業を続ける、定期的に契約内容を見直す——それが長期にわたって維持されて初めて、この仕組みは機能します」 「つまり、一度設定して終わりではない」 「そうです。毎年の運用と記録の積み重ねが、税務調査に耐える根拠になります」 半年後、借地権の登記が完了し、法人名義での太陽光パネルの設置工事が始まった。宗一郎は久保先生に言った。「これで次の世代に少し楽に渡せる気がします」 「土地は守るだけでは重荷になります。使いながら引き継ぐ——それが、地主の資産防衛の本質です」 自己借地権は高度なスキームだが、正しく設計・運用すれば有効な相続税対策になる。税務・法務・不動産の専門家チームを早期に組成し、実態を伴う形で動くことが唯一の正解だ。
[学びのボックス]自己借地権スキームのポイント
| 自己借地権とは | 土地の所有者(個人)が自身の経営する法人に借地権を設定すること。個人と法人は別の法人格であるため権利の混同は生じず、底地評価への圧縮効果が得られる。 |
| 相続税評価の圧縮効果 | 借地権設定後の土地は「底地」として評価される。借地権割合60%の地域なら更地評価の40%まで圧縮可能。評価圧縮によって相続税負担が大幅に軽減される。 |
| 適正地代の設定が必須 | 個人と法人の間の地代は、不動産鑑定士による近隣相場査定に基づいて設定する。著しく低い地代は贈与とみなされ、高すぎる地代は利益移転として問題になる。 |
| 事業の実態が必要 | 法人が土地を使って実際に事業を行っている実態がなければ、節税目的だけの名目上の契約として租税回避と認定されるリスクがある。駐車場・太陽光・資材置き場など具体的な事業目的が必要。 |
| 専門家チームの早期組成 | 自己借地権スキームは税務・法務・不動産の知識が複雑に絡む。税理士・弁護士・不動産鑑定士の三者が連携して設計・運用することが、否認リスクを最小化する唯一の方法。 |




