『旧法借地権の正当事由』地主の「自己使用の必要性」と立退料の相場
大塚幸雄は、六十三歳。数年前に亡くなった父から、約四十坪の底地を相続した。土地には、昭和四十年代に旧借地法のもとで契約した借地人の住宅が建っている。借地人は、八十代の夫婦だ。夫は足が悪く、妻が買い物に出る姿を、幸雄も何度か見かけていた。契約はまもなく期間満了を迎える。地代は長年、ほとんど変わっていなかった。固定資産税の負担も、重く感じていた。
幸雄には、考えていることがあった。息子夫婦が、同居を前提に、この土地に家を建てたいと言い出したのだ。現在は、息子夫婦は賃貸アパート住まい。幸雄は、期間満了を機に、土地を返してもらおうと決め、借地人に更新を拒絶する通知を、書面で送った。
数日後、借地人の夫婦が訪ねてきた。「ここで四十年以上暮らしてきました。出ていく先もありません」。妻は、声を震わせた。幸雄は、胸が痛んだが、息子夫婦の事情もある。話は平行線のまま終わり、帰り際の夫婦の背中が、幸雄の頭から離れなかった。幸雄は、弁護士に相談することにした。
弁護士は、旧借地法の更新拒絶には、正当事由が必要だと説明した。地主が「自分で使いたい」と言うだけでは足りない。判断では、地主と借地人、それぞれの土地を使う必要性が、最も重く見られる。そのうえで、これまでの契約の経過、土地の利用状況、そして立退料などの財産上の給付が、補う材料として考慮されると考えられている。
幸雄の場合、息子夫婦が家を建てたいという必要性はあるが、現在は賃貸で暮らしており、切迫した事情とまではいえないかもしれない。一方、借地人は高齢で、長年住み続けており、他に住まいもない。地主側の事情だけでは、正当事由が認められない可能性がある、と弁護士は率直に伝えた。
そこで検討したのが、立退料だ。弁護士は、「立退料に決まった相場はありません」と言った。更地価格に借地権割合をかけた借地権価格が、一つの参考になる。更地価格は約四千万円、借地権割合は六割として、借地権価格は約二千四百万円。このほかに、借地人の引っ越し費用や、新しい住まいの確保にかかる費用も、考える必要がある。高齢の借地人には、転居そのものが大きな負担になる。
幸雄は、まず約六百万円を提示した。更地価格の約一割五分にあたる額で、誠意のつもりだった。しかし、借地人側の弁護士は、借地権価格に近い額でなければ応じられないと主張した。お互いに金額を示し合い、不動産鑑定士の意見も取り入れた。幸雄の事情と、借地人の事情を、一つずつ書面に整理して、話し合いを重ねた。借地人の妻が、毎朝、庭の手入れをしていると知り、幸雄の気持ちも、少しずつ変わっていった。
数か月の交渉を経て、双方が歩み寄った。立退料は約千万円。結果として、更地価格の約二割五分にあたる金額だ。借地人の夫婦は、住まいを探す時間として、明渡しまでに一年の猶予を求め、幸雄は、これを受け入れた。息子夫婦も、事情を理解し、着工を待つことに同意してくれた。合意内容は、和解書にまとめた。弁護士は、「双方が納得できる形になりました」と、静かに頷いた。
幸雄は今、こう話している。立退料は、金額の大小だけで決まるものではない。話し合いに使った時間は、無駄ではなかった。自分の必要性、相手の事情、土地の価値を、冷静に整理することが大切だった。更新拒絶を通知する前に、弁護士に相談して、見通しを確認しておくべきだった。更新拒絶と立退料の相場は、事案ごとに異なる。
学びのボックス
| 旧借地法の更新拒絶 | 旧借地法では、地主が更新を拒絶するには正当事由が必要。「自分で使いたい」だけでは足りないとされる。 |
| 正当事由の判断要素 | 地主と借地人それぞれの土地を使う必要性が中心。契約の経過、利用状況、立退料などの財産上の給付が補う材料として考慮されると考えられている。 |
| 立退料に決まった相場はない | 更地価格の何割、といった一律の基準はない。借地権価格や、引っ越し・住まい確保の費用などを参考に、事案ごとに決まる。 |
| 借地権価格の考え方 | 更地価格に借地権割合をかけた額が一つの目安になる。鑑定士などの専門家の意見を取り入れると、交渉が進めやすい。 |
| 通知前の確認 | 更新拒絶の通知前に、正当事由の見込みと立退料の水準を弁護士に確認する。和解の内容は、書面にして残しておきたい。 |




