『一時使用目的の借地』イベント会場・工事資材置き場の解約トラブル
森田和夫は、六十五歳。亡くなった父から、駅から離れた約百坪の土地を相続していた。ある日、近くのマンション工事を請け負う建設会社の担当者が訪ねてきた。「工事の間だけ、資材置き場として貸していただけませんか」。工期は約二年。和夫は、遊ばせていた土地が使えるならと、その場で引き受けた。
契約書は作らなかった。担当者が「工事が終わったらすぐ更地にしてお返しします」と言い、和夫も、顔見知りの紹介だったので、口約束で十分だと考えた。地代は月六万円。近隣の駐車場の相場は、その倍ほどだった。近隣の相場よりかなり安かったが、短い間だけだからと、気にしなかった。権利金や敷金は、受け取らなかった。
建設会社は、資材を置くだけでなく、現場事務所としてプレハブの小屋を設置した。基礎は打たず、コンクリートブロックの上に載せただけの簡易なものだった。和夫は少し驚いたが、仮設の建物なら、工事が終われば撤去されるはずだと思っていた。
二年が過ぎ、マンションは完成した。和夫は担当者に電話した。「そろそろ、土地を返してください」。ところが、返ってきた答えは意外なものだった。「あの土地には借地権が生じています。契約を更新しない限り、出ていく義務はありません」。担当者が替わっており、前任者との約束は、聞いていないという。和夫は、頭が真っ白になった。父から受け継いだ土地が、このまま戻らないのではないか。その夜は、ほとんど眠れなかった。
和夫は、弁護士に相談した。弁護士は、借地借家法の一時使用目的の借地権を説明してくれた。一時使用のために設定したことが明らかな場合には、更新や建物買取請求などの規定が適用されない、というものだ。ただし、口頭契約は、あとで争いになりやすい。一時使用だったことは、事実から立証する必要があり、立証の責任は、地主側が負うと考えられている。
弁護士は、判断の材料を一つずつ整理した。まず契約の目的。マンション工事に伴う資材置き場で、工期が決まっていた。次に建物の構造。基礎のないプレハブで、簡単に撤去できる。電気や水道の引込みも、仮設のものだった。そして地代。相場の半額ほどで、権利金もない。和夫は、工事の発注書や、当時のメール、近所の人の証言、地代の振込記録を集めた。担当者が更地返還を約束したメールも、見つかった。
弁護士は、内容証明郵便で、期間満了による契約の終了と、明渡しを求めた。会社は応じなかったため、調停を申し立てた。調停では、これらの資料をもとに、一時使用目的だったことを主張した。調停委員も、事情を丁寧に聞いてくれた。和夫は、約束の経緯を、一つずつ落ち着いて説明した。会社側も、更新を前提とした借地権だと言い張るのは難しいと判断し、態度を変えた。
結局、会社は、プレハブを撤去して、土地を明け渡すことで合意した。和夫は、引っ越し費用の名目で、解決金五十万円を支払った。明渡しの期日も、調停調書に明記された。契約から約二年半、ようやく土地が戻ってきた。久しぶりに更地になった土地を見て、和夫は、胸をなで下ろした。
和夫は今、こう話している。一時的に貸す場合は、口約束で済ませず、一時使用目的であることと、期間、更地返還を、必ず書面に残しておくこと。写真や連絡の記録も、残しておくこと。和夫は、新しい契約書の雛形を、弁護士と一緒に作った。次に貸すときは、同じ失敗を繰り返さないつもりだ。
学びのボックス
| 一時使用目的の借地権とは | 臨時設備の設置や短期の工事など、一時使用のために設定したことが明らかな借地権。借地借家法25条により、更新や建物買取請求などの規定が適用されないとされる。 |
| 判断のポイント | 契約の目的、期間の長さ、建物の構造、地代や権利金の水準などを総合して判断されると考えられている。一つだけで決まるわけではない。 |
| 立証の責任は地主側 | 一時使用であることは、地主側が事実から示す必要がある。メールや発注書、地代の記録、近隣の証言などを集めておきたい。 |
| 口頭契約のリスク | 口約束でも契約は成立するが、争いになると立証が難しい。目的、期間、更地返還を書面に残しておくことが大切。 |
| 明渡しまでの手順 | 内容証明郵便で期間満了を通知し、応じない場合は調停や訴訟を検討する。個別の事案は、弁護士など専門家へ早めに相談したい。 |




