『借地権の生前贈与』名義書換料と贈与税のダブルパンチを回避する方法
藤原章は、七十五歳。四十年以上、借地の上の自宅で暮らしている。長男の健一は四十八歳で、同居している。最近、友人が亡くなって相続で揉めた話を聞き、章は考え始めた。足腰も弱ってきて、いつまで元気でいられるか、分からなかった。元気なうちに、借地権を健一に譲っておきたい。
章は、借地権の評価額を調べた。土地の自用地としての評価額は約三千万円、借地権割合は六割。借地権の評価額は、約千八百万円になる。章は、生前に贈与すれば簡単だと思っていた。手数料もかからず、書類一枚で済むと、どこかで考えていたのだ。ところが、司法書士に相談すると、二つの費用がかかると言われた。
一つ目は、地主への名義書換料だ。借地権を子に贈与することは、借地権の譲渡にあたるため、地主の承諾が必要になる。承諾料は、借地権価格の一割前後が目安とされることが多い。千八百万円の一割なら、約百八十万円。決まった金額ではなく、地主との交渉で決まる。地主との関係が悪化すれば、交渉は長引くこともある。
二つ目は、贈与税だ。通常の暦年課税で、千八百万円を一度に贈与すると、基礎控除の百十万円を引いた千六百九十万円に、税率がかかる。子への贈与の特例税率で概算すると、約四百九十五万円。名義書換料と合わせて、約六百七十五万円が必要になる。章は、思わず目を見張った。老後の資金に、ほとんど手がつけられなくなる計算だった。
「ダブルパンチですね」と、章は言った。司法書士は、税理士とも相談しながら、別の選択肢を示してくれた。一つは、相続時精算課税制度。贈与の累計が二千五百万円までは、贈与税がかからない。千八百万円の贈与なら、贈与税は発生しない。ただし、贈与の申告が必要で、将来の相続のときに、贈与した時点の価額が、相続財産に加算される。
精算課税を使っても、地主への承諾料は、避けられない。生前の贈与は、あくまで譲渡だからだ。また、一度この制度を選ぶと、同じ子への贈与は、暦年課税に戻せない。税の細かい取扱いは、改正もあるため、税理士に確認する必要がある。
もう一つの選択肢が、遺言による相続だった。章が亡くなったとき、健一が借地権を相続する。相続は、売買や贈与のような譲渡とは違うため、地主の承諾や名義書換料は、不要と考えられている。ただし、相続人以外への遺贈は、承諾が必要になることがある。健一は、相続人なので、この点は心配がない。
章は、家族会議を開いた。夕食のあと、居間に三人が集まり、司法書士の説明を、あらためて共有した。長女の和子は、遠方に嫁いでいる。章が借地権を健一に残す遺言を作ると、和子の遺留分に、配慮が必要になる。そこで、預貯金を和子に多めに残す内容を、考えた。和子は、「お父さんの気持ちは分かる」と、理解を示してくれた。健一も、姉の気持ちに、深く頭を下げた。
結局、章は、遺言で健一に借地権を相続させる方法を選んだ。公正証書遺言を作り、証人にも立ち会ってもらった。預貯金の配分も書いた。地主の大川さんには、将来の相続の見通しを、遺言の内容に触れない範囲で、さりげなく伝えておいた。地主との関係を、これからも穏やかに保ちたかったからだ。
章は今、こう話している。生前贈与は、一見、簡単に見える。けれど、地主への承諾料と税金を、一度に考える必要があった。目的が、名義を早く移すことか、費用を抑えることかで、選ぶ道は変わる。迷ったら、司法書士と税理士に、早めに相談することだ。
学びのボックス
| 借地権の贈与は譲渡 | 借地権を子へ生前贈与すると、地主の承諾が必要になる。承諾料(名義書換料)は借地権価格の一割前後が目安とされるが、交渉で決まる。 |
| 贈与税の概算 | 借地権の評価額は、自用地評価額に借地権割合をかけて求める。暦年課税で一度に贈与すると、高額な贈与税がかかるおそれがある。 |
| 相続時精算課税 | 贈与の累計2,500万円までは贈与税がかからないが、申告が必要。将来の相続で贈与時の価額が加算され、承諾料は別にかかる。 |
| 遺言による相続 | 相続人が借地権を相続する場合は譲渡にあたらず、地主の承諾や名義書換料は不要と考えられている。遺留分への配慮が必要。 |
| 選び方のポイント | 名義を早く移したいのか、費用を抑えたいのかで選ぶ道が変わる。税制は改正もあるため、司法書士や税理士へ早めに相談したい。 |




