『無断転貸・譲渡』親族名義への勝手な変更は契約解除か?
小林信二の父・勇は、八十二歳になる借地人だった。五十年近く前に建てた木造住宅で、信二と同居して暮らしていた。勇は足腰が弱り、将来の相続手続きの負担を減らしたいと考え、数年前に建物の名義を信二に変更した。借地の名義も含めて、家族で話し合った結果だった。名義を変えても、二人の暮らしは何も変わらず、勇は日当たりのよい居間で、毎日同じように庭を眺めていた。
ところが、地主の大島さんが、建物の登記簿を見て激怒した。「無断で名義を変えるのは、借地権の無断譲渡だ。契約を解除する」。内容証明郵便で、解除の通知が届いた。信二は大島さんに連絡を取ろうとしたが、「話すことは何もない」と取り合ってもらえなかった。信二は、住み慣れた家を追われるのではないかと、不安に襲われた。
信二は弁護士に相談した。「民法には、賃借人は、賃貸人の承諾なしに、賃借権を譲渡したり転貸したりできないという定めがあります。借地上の建物の名義を第三者に移せば、借地権の譲渡にあたるのが原則です。形式だけを見れば、大島さんの主張には根拠があります」。弁護士は、まず厳しい点を伝えた。
しかし、弁護士の話には続きがあった。「ただし、裁判所は、無断で譲渡や転貸があっても、賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情がある場合には、解除を認めないという考え方をとっています。賃貸借のような継続的な契約では、当事者間の信頼関係が破壊されたといえるかどうかが、解除の可否を左右するのです」。
「親から同居の子への名義変更では、実質的な利用者がほとんど変わらないため、この特段の事情が認められる場合があります。実際に、土地の使い方、居住の実態、地代の支払い状況、地主さんの不利益の有無などを総合的に見て判断されます」。信二は、自分たちの状況が、そうした事情に当てはまるのかどうかを、冷静に整理してみることにした。
信二は、住民票から、名義変更の前後を通じて親子が同じ家に住み続けていることを示した。家の使い方も、以前と変わらなかった。地代は、変更後も父の口座から滞りなく払われていた。大島さんに実害が生じていないことも、主張の柱になった。さらに、名義変更が、勇の高齢を踏まえた相続対策であり、土地を第三者に使わせる目的ではなかったことも説明した。
大島さんは、解除を譲らず、訴訟を起こした。しかし裁判所は、親子が引き続き同居し、土地の利用形態が実質的に変わっていないこと、地代が継続して支払われていること、大島さんに不利益がないことを重視した。そして、背信行為と認めるに足りない特段の事情があるとして、解除の効力を認めない判断を示した。
判決の後、信二は大島さんと話し合う機会を持った。「事前にご相談すべきでした」と、信二は素直に謝罪した。大島さんも、解除までは行き過ぎだったと受け止め、事後の承諾書を取り交わすことで折り合った。名義変更について、地主に何の相談もなかったことが、怒りの根にあったのだと、信二はあらためて知った。今後、建物の名義を変える場合は、必ず事前に相談するという約束も交わした。
この経験を通じて信二は、今回は特段の事情が認められたから解除を免れたものの、本来は、事前に地主の承諾を得るのが原則であることを学んだ。承諾が得られない場合には、裁判所に承諾に代わる許可を求める方法もあり、親族間でも承諾料を求められることがあると、弁護士から教わった。信二は、家族の名義変更のような身内の手続きこそ、書面で承諾を残す大切さを、身をもって理解した。数か月後、勇と信二は、季節の挨拶を欠かさず大島さんのもとへ届けるようになり、以前の穏やかな関係を、少しずつ取り戻している。
学びのボックス
| 無断譲渡・転貸の原則 | 民法上、賃借人は賃貸人の承諾なく賃借権を譲渡・転貸できない。借地上の建物の名義を第三者に移すと、借地権の譲渡にあたるのが原則。 |
| 信頼関係破壊の法理 | 無断で譲渡・転貸があっても、背信行為と認めるに足りない特段の事情があれば、解除は認められない。 |
| 親から同居の子への名義変更 | 実質的な利用者が変わらない場合は特段の事情が認められることがあるが、土地の使い方、居住実態、地代の支払い、地主の不利益の有無などを総合して判断される。 |
| 裁判で重視される事実の整理 | 住民票による同居の実態、利用形態が変わらないこと、地代の継続的な支払い、名義変更の目的などを資料で示す。 |
| 事前の承諾が原則 | 免れたのは特段の事情があったからで、本来は事前の承諾が原則。承諾が得られない場合は裁判所による承諾に代わる許可の申立てもあり、承諾書は書面で残す。 |




