ものがたりで底地借地を学ぶ知るシリーズ
「先生、この一文が問題になるとは思いもしませんでした」
築五十年の木造家屋を相続した近藤誠一(五十七歳)が、司法書士の早川先生の前に広げたのは、昭和四十三年に締結された古い土地賃貸借契約書だった。
誠一が父から引き継いだ実家は借地に建つ木造平屋建て。老朽化が著しく、このままでは住み続けられない。地元の工務店と相談し、鉄骨造の二階建てへの建て替えを計画した。ところが地主・村岡家の当主・村岡俊夫(七十一歳)に申し出ると、即座に拒否された。
「うちとの契約は木造建物に限っております。鉄骨は契約違反です」
昭和の契約書に残る「呪い」
早川先生は契約書の一文に目を留めた。「本契約における建物は非堅固建物(木造・軽量鉄骨造等)に限るものとする」
「これは旧借地法の時代の特約です。昭和の借地契約には、非堅固建物と堅固建物で借地期間が異なる仕組みがありました」
旧借地法では、木造などの非堅固建物は法定存続期間が三十年(契約があれば二十年以上)、鉄筋コンクリートや鉄骨などの堅固建物は六十年(契約があれば三十年以上)とされた。堅固建物を認めれば、地主は六十年近く土地を返してもらえなくなる。だから非堅固限定の特約を入れていたのだ。
「この特約は旧借地法の下では有効です。地主の承諾なく鉄骨造を建てれば、契約解除の事由になりかねません」
「条件変更」という交渉カード
「では、建て替えは諦めるしかないんですか」と誠一は肩を落とした。
「いいえ。地主と『条件変更』の合意をすれば、堅固建物への建て替えが可能になります。その際、地主から『条件変更承諾料』を求められるのが一般的です」
相場は借地権価格の一〇~一五%程度。誠一の借地権を仮に二千万円と評価すれば、二百~三百万円の承諾料が目安となる。
「高いと感じるかもしれませんが、新たに土地を買う費用に比べれば合理的な選択です。また、承諾料を支払うことで地主との関係を良好に保てるメリットもあります」
粘り強い交渉の末に
早川先生が間に入り、村岡俊夫と三度にわたる面談を重ねた。村岡氏の懸念は二点だった。「借地期間がさらに長くなること」と「建物が大きくなりすぎること」だ。
誠一は条件を提示した。「建物の延べ床面積は現状と同規模にする。また、現契約の残存期間が満了した時点で改めて契約条件を協議する旨を覚書に明記する」
村岡氏はこの条件を受け入れ、条件変更承諾料二百二十万円で合意した。契約書には「堅固建物への建替えを承認する。ただし建築面積は八十平方メートル以内とする」という覚書が添付された。
古い契約書は必ず読み直せ
建て替え工事が完了した日、誠一は新しい玄関の前に立った。
「あの契約書の一文がなければ、こんなに苦労しなかった」とこぼすと、早川先生は笑った。「でも、気づかずに無断で鉄骨を建てていたら、もっと大変なことになっていましたよ」
昭和の借地契約書には、現代の常識からは想像しにくい特約が潜んでいる。建て替えや修繕を考えるなら、まず契約書を専門家と一緒に読み直すことが、最初の一手だ。
【学びのボックス:非堅固建物特約と建替え交渉】
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非堅固建物と堅固建物の違い |
旧借地法では木造など「非堅固建物」と、鉄骨・鉄筋コンクリートなど「堅固建物」を区分。非堅固の借地期間は契約で20年以上(法定30年)、堅固は30年以上(法定60年)と定められた。 |
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非堅固限定特約の効力 |
契約書に「木造建物に限る」などの特約がある場合、旧借地法下の契約では有効とされる。地主の承諾なく堅固建物に建て替えると契約違反となり、解除事由になりうる。 |
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条件変更交渉と承諾料 |
堅固建物への建て替えを希望する場合、地主と「条件変更」の合意が必要。一般的に条件変更承諾料として借地権価格の10〜15%程度の支払いが求められる。 |
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裁判所による建替え許可 |
地主が条件変更を拒絶した場合、裁判所に「建替え承諾に代わる許可」(借地借家法18条)を申し立てることができる。ただし非堅固→堅固の種別変更は同条の対象外との解釈も存在し注意が必要。 |
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新法借地権との違い |
1992年以降の借地借家法(新法)では非堅固・堅固の区別はなく、普通借地権の存続期間は30年に統一。昭和の旧法契約には今も旧借地法が適用される。 |




