ものがたりで底地借地を学ぶ知るシリーズ
「承諾料は一千二百万円。それ以下なら話にならない」
電話口の地主・岸本節雄(七十四歳)の声は冷たかった。
借地人の梅田浩之(五十一歳)は受話器を持ったまま、しばらく言葉が出なかった。父から引き継いだ借地に建つ木造住宅は築四十六年。耐震診断で「倒壊の危険あり」と判定が出ており、建て替えは待ったなしの状態だ。
借地権価格を不動産鑑定士に試算してもらったところ、約二千四百万円。建替え承諾料の相場は借地権価格の三〜五%——七十二万円から百二十万円程度のはずだ。岸本氏の要求はその十倍近い。
「高すぎる」では済まない現実
浩之はすぐに弁護士の坂東先生に相談した。
「岸本さんの要求額に法的根拠はありません。ただ、地主が承諾しない以上、浩之さんは建て替えを強行できない。建て替えには原則として地主の承諾が必要です」
「では、ずっと待ち続けるしかないんですか。家が倒れそうなのに」
「いいえ。そのための制度があります」と坂東先生は言った。「借地非訟といいます」
裁判所が「承諾」の代わりをする
借地借家法一七条・一八条は、地主が不当に建替えや譲渡の承諾を拒む場合に、借地人が裁判所に「地主の承諾に代わる許可」を求めることを認めている。
「裁判所に申立てをすると、裁判官が鑑定などをもとに建替えを許可するかどうかを判断します。許可が下りれば、地主の同意なしに建て替えができます。そして裁判所が相当と認める承諾料も決定してくれます。岸本さんの一千二百万円に縛られることはありません」
「訴訟とは違うんですか?」
「借地非訟は非訟事件として処理されます。通常の訴訟より手続きがシンプルで、審理期間も数ヶ月から一年程度が目安です。ただし弁護士への委任は事実上必要になります」
申立ての前に、もう一度交渉を
坂東先生は申立ての前に、書面での正式な交渉を一度行うことを勧めた。
「借地非訟は地主との関係を決定的に悪化させる側面があります。岸本さんが感情的になれば、今後の地代交渉なども難しくなる。弁護士名で内容証明郵便を送り、相場に基づいた金額を改めて提示しましょう。それでも拒絶されたなら、申立てに進みます」
坂東先生名義の内容証明が岸本氏に届いてから二週間後、岸本氏の弁護士から連絡が入った。「三百五十万円まで下げる」——依然として相場より高いが、交渉の余地が生まれた。
「申立て」という切り札が動かした
さらに二度の協議を経て、最終的に承諾料は百八十万円で合意した。借地権価格の七・五%。相場の上限をやや上回るが、非訟申立ての費用や時間を考えれば現実的な落とし所だった。
合意書に署名した日の夜、浩之は坂東先生に礼を言った。「最初から非訟で戦うと言っていたら、岸本さんはもっとこじれたかもしれませんね」
「そうです。切り札はちらつかせながら、テーブルに置かないのが交渉の鉄則です」
借地非訟は、地主の横暴に対抗する借地人の最後の砦だ。その存在を知っているだけで、交渉のテーブルは変わる。
【学びのボックス:承諾料交渉と借地非訟のポイント】
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建替え承諾料の相場 |
借地上の建物を建て替える際、地主に支払う承諾料の目安は借地権価格の3〜5%程度。更地価格の1〜3%で計算されることもある。法的根拠はなく交渉で決まる。 |
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借地非訟とは |
地主が不当に建替え・転貸・譲渡の承諾を拒む場合、裁判所に「地主の承諾に代わる許可」を求める申立手続き(借地借家法17条・18条)。訴訟ではなく非訟事件として迅速に処理される。 |
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裁判所が定める承諾料 |
借地非訟では裁判所が鑑定等をもとに「相当の対価(承諾料)」を決定する。地主の要求額に縛られず、相場に基づいた金額が示される。 |
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申立て先と期間 |
申立ては借地所在地を管轄する地方裁判所へ。標準的な審理期間は数ヶ月〜1年程度。弁護士への委任が事実上必要。 |
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交渉優先の原則 |
借地非訟は地主との関係を悪化させる側面もある。弁護士を通じた交渉を十分に尽くしたうえで、最終手段として活用することが望ましい。 |




