ものがたりで底地借地を学ぶ知るシリーズ
その夜、松田健一(まつだ けんいち)は友人宅で食事をしていた。スマートフォンに知らない番号から着信が入り、出ると近所の人の声だった。
「松田さん、早く来てください。お宅が……燃えています」
駆けつけたとき、築四十年の木造二階建ては、すでに手のつけようがなかった。消防車のサイレンと放水の音の中、健一はただ立ち尽くした。
この家は、父の代から借地に建てた家だった。土地は地主の村井さんが所有し、毎月地代を払って借りている。建物は健一の名義で、登記もある。しかし今夜、その建物は灰になった。
翌朝、健一は真っ先に考えた。(ここに家を建て直したい。でも、地主の許可は必要なのか)
借地借家法では、借地上の建物が滅失した場合でも、借地権そのものは消滅しない。健一の借地権はまだ生きている。問題は、その土地の上に再び建物を建てられるかどうかだ。
健一は司法書士の浅野さんに相談した。
「建物が滅失しても、借地権の残存期間が二十年以上あれば、地主の承諾なしに再築することは可能です。ただし、条件によって話が変わります」
浅野さんが丁寧に説明してくれた。借地借家法第八条によれば、借地人は地主の承諾を得て再築した場合、借地期間が延長される。承諾があれば、再築した時点から二十年間(堅固建物なら三十年)の期間が保障される。
一方、地主の承諾なしに建てた場合はどうなるか。法律上は再築自体が禁止されているわけではないが、リスクがある。地主は「承諾なき再築」を理由に、借地契約の解除を申し立てることができる場合がある。また、仮に解除に至らなくても、地主は借地期間の満了時に更新を拒絶しやすくなる。
「要するに、地主の承諾を得て建てるのが、もっとも安全だということです」と浅野さんは言った。
健一は村井さんに連絡を入れた。ところが、返ってきた言葉は想定外のものだった。
「松田さん、正直に申しますと、この機会に土地を返していただきたいのです。息子の家を建てたいので」
健一は言葉を失った。しかし浅野さんに相談すると、「地主がそう言っても、借地権がある限り土地を返す義務はありません。承諾を拒否されたとしても、裁判所に申し立てて、地主の承諾に代わる許可を得る方法があります」と教えてくれた。
借地借家法第十七条に基づく「借地非訟(しゃくちひしょう)」という手続きだ。裁判所が地主に代わって再築を許可し、場合によっては「承諾料」の支払いを条件に許可が下りることもある。
健一は迷った。裁判所を使うのは大げさな気もした。しかし浅野さんはこう言った。「この手続きは対立を深めるためではなく、話し合いの場を整えるためのものです。申し立てを機に、村井さんが条件を出してきて解決するケースも少なくありません」
数週間後、村井さん側から連絡が来た。「承諾料として相応の金額を支払ってもらえるなら、再築を認める」という提案だった。
健一と浅野さんは金額の妥当性を検討し、交渉の末に合意に至った。再築の承諾書を取り付け、健一は仮住まいのアパートから工事の進捗を見守った。
半年後、新しい家が土地に建った。まだ白木の匂いがする玄関に立ちながら、健一は思った。
(父がここを選んで、ずっと守ってきた。俺も、ここに根を張る)
火事は何もかも奪う。でも、きちんと権利を知っていれば、地面だけは奪われない。
【学びのボックス:借地上の建物滅失と再築の法律ルール】
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建物が全焼しても |
借地権は消滅しない。土地を借りる権利は存続する。 |
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地主の承諾あり再築 |
借地借家法第8条により、再築時点から新たに20年(堅固建物は30年)の借地期間が確保される。 |
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承諾なし再築のリスク |
契約解除や更新拒絶の口実を与えるリスクがある。残存期間の保障も得られない。 |
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地主が拒否した場合 |
借地非訟(借地借家法第17条)により、裁判所に地主の承諾に代わる許可を申し立てできる。 |
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実務のポイント |
承諾料の交渉が発生するケース多数。司法書士・弁護士に早期相談が重要。 |




