『地代のスライド制自動改定特約』経済変動と地代値上げの有効性
宮本和子は六十四歳。三十年前に夫と、四十坪の借地に家を建てた。地代は月五万円。契約書には、三年ごとに、消費者物価指数の上昇率に応じて地代を自動的に改定する、という特約が入っている。前回の改定から三年。地主の三浦さんは、七十歳になる、先代からの地主だった。
ある日、三浦さんから、一通の通知が届いた。「今後、地代は月八万円に改定します。契約書の自動改定特約に基づく請求です。物価も上がっています」。和子は、目を疑った。五万円から八万円では、一・六倍だ。年金暮らしの身には、とても払える額ではない。夫を亡くしてから、家計はぎりぎりだった。三浦さんに電話すると、「契約書に書いてあるでしょう。払えないなら、出ていってもらうしかない」と言われた。
和子は、弁護士に相談した。弁護士は、契約書の特約を読み、物価指数の推移を調べて、説明した。「この特約は、物価の上昇率に応じて地代を改定するものです。この三年間の物価上昇率は、累積で約九パーセント。計算すると、月五万円が、約五万四千五百円になります。八万円という額は、特約から導かれる額ではありません」。和子は、少し安心した。ただ、三浦さんが納得するかどうかは、別の問題だった。
弁護士は、続けた。「そもそも、自動改定特約があっても、地代が不相当になった場合には、借地借家法に基づく増減額の請求ができます。裁判例でも、特約に従った改定が、その後の経済事情の変動により、当事者間の公平を欠く不相当な額になれば、特約の効力が制限される場合があるとされています。ただし、判断は個別の事情によります」。
一方、弁護士は、和子にも注意した。「特約に基づく約五万四千五百円は、払う義務があると考えられます。払わずにいると、地代の滞納として、解除を主張される恐れがあります。争っている八万円との差額は、別に話し合うとして、まず特約に従った額を、きちんと支払いましょう」。和子は、その月から、五万四千五百円を、期日どおりに支払い続けた。
三浦さんは、八万円でなければ受け取らないと言って、態度を硬くした。弁護士は、弁済供託の手続きも検討したが、まず、地代額の調停を、簡易裁判所に申し立てることにした。調停では、近隣の地代相場や、固定資産税の推移、物価の動向が、資料として示された。調停委員は、双方の話を、丁寧に聞いた。和子も、三浦さんも、感情的にならないよう、弁護士や調停委員の助言に、耳を傾けた。
三浦さんにも、言い分があった。長年、地代を据え置いてきたこと。固定資産税が上がり、手取りが減っていること。調停委員は、和子に、「特約の額だけでは、周辺相場より低い面もあります」と伝え、三浦さんには、「八万円は、相場と比べても、高すぎるでしょう」と説明した。数回の調停の末、地代は月五万八千円で合意した。
さらに、特約の見直しも、あわせて合意した。物価指数の上昇率を使うが、年三パーセントを上限とし、五年ごとに、近隣の相場を踏まえて協議する、という内容だ。調停調書に、その内容が記載された。地主にとっても、特約は、基準が曖昧だと、かえって争いのもとになる。物価指数の種類や、改定の上限と下限、協議の時期を、契約書に具体的に書いておくことが、双方のためになる。和子は、特約があっても、金額が不相当なら争う道があること、そして争いの間も、相当な額を払い続けることの大切さを、学んだ。
学びのボックス
| 自動改定特約とは | 物価指数や固定資産税の変動に応じて、地代を自動的に改定する特約。計算の基準を契約書に具体的に書いておくことが重要。 |
| 特約の範囲を超える請求 | 特約から導かれる額を超える値上げは、特約に基づく請求とはいえない。物価上昇率などを実際に計算して、金額を確認する。 |
| 不相当な場合の争い方 | 特約があっても、経済事情の変動で不相当な額になれば、借地借家法の増減額請求ができる。特約の効力が制限される場合もあるが、判断は個別事情による。 |
| 争う間も相当額を払う | 特約に従った額は払い続ける。滞納と評価されないよう、地主が受け取らないときは弁済供託も検討する。 |
| 調停と特約の見直し | 地代は調停で相当額を決められる。上限や協議の時期を決めるなど、特約自体を見直しておくと、再び揉めにくい。 |




