『借地権の遺贈』相続人以外への遺言による贈与には地主の承諾が必要!
中島久子は七十八歳。結婚せず、子どももいない。借地の上に建つ小さな家で、一人で暮らしてきた。身の回りの世話を、十五年以上、続けてくれたのが、隣町に住む友人の吉田和代さんだった。通院の付き添いも、買い物も、冬の雪かきまで、和代さんが当たり前のようにしてくれた。久子は、「この家と借地権は、和代さんに譲りたい」と考え、公証役場で公正証書遺言を作った。
遺言には、こう書いた。「借地上の建物と借地権を、友人の吉田和代に遺贈する」。久子には、遠方に暮らす弟が一人いる。弟とは長年、疎遠だった。葬儀にも来ないだろうと、久子は思っていた。遺言を作ったとき、久子は、すべてが片づいたと満足していた。地主にも、特に相談はしなかった。身内でなくても、自分の財産は自分の意思で決められると思っていたのだ。借地権が、地主との契約の上に成り立つ権利だという意識は、薄かった。
二年後、久子は静かに息を引き取った。遺言執行者に指定された弁護士が手続きを進め、和代さんは、久子が暮らした家を整理し、そこに入ろうとした。ところが、地主の杉山さんに挨拶に行った和代さんは、険しい顔で言われた。「中島さんが亡くなったことは残念です。でも、あなたに借地権を譲る話は、聞いていません。承諾した覚えもない」。
和代さんは弁護士に相談した。弁護士は、順を追って説明した。「相続人が借地権を引き継ぐのは、相続という包括的な承継なので、地主さんの承諾は要りません。しかし、相続人以外の人に、特定の財産として借地権を遺贈する場合は、借地権の譲渡にあたると考えられています。借地権が賃借権の場合は、地主さんの承諾が必要です」。
和代さんは、肩を落とした。久子の気持ちを無駄にしてしまうのかと、涙がにじんだ。「遺言があるのに、友人では駄目なのですか」。弁護士は首を振った。「駄目ではありません。地主さんの承諾が得られれば、問題なく引き継げます。ただ、承諾なしに住み続けると、無断譲渡として契約解除を主張される恐れがあります。承諾の際には、名義書換料、つまり承諾料を求められるのが一般的です」。
弁護士は、杉山さんと面談した。借地権の価格は約千五百万円で、承諾料の目安は一割前後の約百五十万円。杉山さんは、当初、二百万円を求めた。弁護士は、地域の相場や、借地権価格の目安を示して説明した。さらに、和代さんが久子の看病を続けてきた経緯や、地代を引き続き滞りなく支払う意思を伝えると、態度が和らいだ。結局、承諾料は百五十万円で合意し、承諾書と、名義変更の覚書を交わした。
弁護士は、さらに説明した。「もし杉山さんが承諾を拒んでいたら、借地非訟で、裁判所に譲渡の許可を求める方法もありました」。和代さんは、承諾料を自分の貯金から支払った。遺言に承諾料の負担について書かれていなかったため、話し合いの末、受遺者である和代さんが負担することになったのだ。建物の名義も、遺言執行者の手続きで、和代さんに変更された。なお、相続人でない和代さんは、相続税の二割加算の対象にもなるため、税理士にも相談した。
久子の遺言は、友人への感謝の気持ちを形にするものだった。ただ、借地権は、地主との関係の上に成り立つ権利である。相続人以外に残したいときは、生前に地主へ相談しておくこと。遺言に、承諾料の負担も書いておくこと。和代さんは、同じ立場の友人に、そう伝えている。
学びのボックス
| 相続と遺贈の違い | 法定相続人が借地権を相続する場合、地主の承諾は不要。相続人以外への特定遺贈は借地権の譲渡にあたり、承諾が必要と考えられている。 |
| 承諾なしに住み続けるリスク | 承諾を得ないまま建物を使い続けると、無断譲渡として契約解除を主張されるおそれがある。早めに地主へ事情を説明する。 |
| 名義書換料(承諾料) | 譲渡の承諾料は、借地権価格の1割前後が目安とされる。誰が負担するかを、遺言や合意書で明確にしておく。 |
| 借地非訟という選択肢 | 地主が承諾しない場合は、裁判所に譲渡の許可を求める借地非訟の手続きがある。弁護士に相談して進める。 |
| 生前の備えと税金 | 遺言を作る前に地主へ相談し、承諾の見通しを確認する。相続人以外の受遺者は、相続税の2割加算の対象になる場合がある。 |




