『地主が集金を拒否』地代の受け取り拒否には『弁済供託』で契約解除を防げ!
谷川美智子は六十三歳。夫と暮らした借地上の家で、三十年以上暮らしてきた。地代は月一万八千円で、毎月末に、集金に来る地主の本田さんに手渡すのが習慣だった。ところが、地主が代替わりして長男の本田隆さんになってから、様子が変わった。隆さんは、土地を更地にして売却したい意向を、あからさまににおわせていた。古い家を建て替えたいという美智子の相談にも、「それなら、出ていってもらったほうが早い」と、冷たく返していた。
今年の春、隆さんは突然、集金に来なくなった。美智子が電話すると、「もう受け取らない。立ち退いてほしい」と、一方的に切られた。翌月、美智子は地代を持って、隆さんの自宅を訪ねた。隆さんは、玄関先で袋を押し返した。「いりません。お帰りください」。美智子は、その場で日付と時間、やり取りを手帳に書き留めた。翌月も、その翌月も、同じことが繰り返された。そのたびに、隆さんの言葉を書き留め、持参した現金の額も記録した。
三か月がたったころ、内容証明郵便が届いた。「あなたは三か月間、地代を支払っていない。賃料不払いにより、契約を解除する」。美智子は、頭が真っ白になった。払う気はあったのに、受け取ってもらえなかったのだ。このままでは、家を失うかもしれない。眠れない夜が続き、すぐに法テラスで紹介された弁護士に相談した。
弁護士は、手帳の記録を見て、頷いた。「地代を持参し、地主さんが受け取りを拒んだ事実があります。この場合、法務局に地代を預ける、弁済供託という制度が使えます。供託をすれば、地代を支払った扱いになり、地代の滞納を理由にした解除は、認められにくくなります」。美智子の胸に、少しだけ希望が戻った。「ただし、記録がないと証明が難しくなります。よく残していましたね」。弁護士の言葉に、美智子は小さく頷いた。
手続きは、弁護士の指示で進んだ。まず、供託をするには、現金を用意して地主に提供することが前提になる。すでに受領を拒んでいる場合は、準備したことを知らせれば足りる。美智子は、地代を支払う意思がある旨を、内容証明郵便で隆さんに通知した。そのうえで、隆さんの住所地を管轄する供託所、つまり法務局へ行き、供託書に必要事項を書き込んだ。三か月分の地代、五万四千円を供託した。
供託のあとは、地主に供託した旨の通知を送る。供託書の写しと、供託金の受領証は、大切に保管した。法務局の窓口の職員は、手続きの流れを丁寧に教えてくれた。以降も、毎月、同じ額を供託し続けた。弁護士は強調した。「金額が一部でも足りないと、供託が認められないことがあります。地代の額に争いがない限り、約束どおりの額を、毎回忘れずに」。
数週間後、隆さんの代理人の弁護士から連絡が来た。供託書が届き、地代が支払われた扱いになっていること、地代の不払いを理由に契約を解除することは難しいことを、代理人は理解したようだった。結局、解除の通知は取り下げられた。美智子の家に、ようやく静かな日常が戻った。隆さんは供託された地代を、法務局で受け取り始めた。
美智子は、自分を守ってくれたのは、記録と、供託という制度への備えだったと感じている。立ち退きを求める目的で受け取りを拒まれたとしても、地代を滞納した責任を負うわけではない。大切なのは、拒否の記録を残すこと、すぐに専門家に相談すること、そして供託を続けること。美智子は、近所の借地人にも、そう話している。
学びのボックス
| 弁済供託とは | 地主が地代の受取りを拒むなどの場合に、法務局(供託所)へ地代を預けて、支払ったのと同じ効果を得る制度。債務不履行の責任を避けられる。 |
| 供託できる場面 | 債権者が受領を拒絶している、受領できない、債権者が誰か分からない場合などに使える。拒否の事実は日付と内容を記録して残す。 |
| 弁済の提供が前提 | 原則は現金を持参して提供する。すでに受領を拒んでいる場合は、準備したことを通知する口頭の提供などで足りることが多い。 |
| 供託の手続きと注意点 | 地主の住所地を管轄する供託所へ供託書を出し、供託後は地主へ通知する。地代の額が足りないと無効になることがあり、毎回続ける必要がある。 |
| 地主側の注意 | 地代の受領を拒んでも、供託されれば地代滞納による解除は認められにくい。立ち退き目的の受領拒否は、かえって不利になる可能性がある。 |




