『底地を買いたい』借地人の交渉術
田中誠は、十五年前に建てたマイホームに、借地の上で暮らしている。土地は近所に住む地主・木村さんから借りたもので、これまで地代の滞納も一度なく、良好な関係を築いてきた。子供たちもこの家で育ち、地域の行事で木村さんと顔を合わせるたびに、世間話をする間柄でもあった。ところが半年ほど前、木村さんの息子から「父も高齢になり、そろそろ土地のことを整理したいと考えているようです」という話を、立ち話のついでに聞かされた。
誠は内心、はっとした。もし木村さんが底地を第三者の不動産業者に売却してしまえば、新しい地主との関係を一から築き直さなければならない。不動産業者が底地だけを買い取って収益物件として扱うケースもあり、地代の値上げ交渉や、更新料をめぐるトラブルに発展する例も少なくないと聞いていた。それなら、自分が底地を買い取ってしまえば、借地権と所有権が一つにまとまり、将来の不安がなくなるのではないか。誠はそう考え、思い切って木村さん本人に相談を持ちかけることにした。
木村さんは「実はそういう話が出るのを待っていたんだよ」と、意外にも前向きだった。長年の付き合いがある誠に売るなら、見ず知らずの業者に買い叩かれるより気持ちが楽だという。息子夫婦は遠方に住んでおり、土地を相続しても管理する予定がないことも、木村さんの決断を後押ししていた。ただし、いくらで売買するのが妥当なのか、双方とも見当がつかなかった。誠は不動産鑑定士に相談し、適正な底地価格の考え方を教わることにした。
「底地の価格は、更地価格から借地権価格を差し引いた金額が目安になります」。鑑定士はそう説明した。国税庁が公表している路線価図には、地域ごとの借地権割合が示されており、この地域ではおおむね六割とのことだった。つまり更地としての評価額が仮に三千万円なら、借地権割合六割分の千八百万円を差し引いた千二百万円程度が、底地の相場に近い水準になるという。実際には、借地人自身が買い取る場合は、通常の第三者取引よりも交渉の自由度が高く、双方が納得できる範囲で価格を調整できることも多いとのアドバイスを受けた。
資金面では、住宅ローンをすでに完済していた誠だったが、底地取得のためにまとまった資金が必要だった。銀行に相談すると、底地を取得して所有権を一本化することで担保価値が上がる点を評価され、新たに「底地取得ローン」として融資を受けられることになった。金利や返済期間は通常の住宅ローンとほぼ同水準で、誠にとって無理のない返済計画を組むことができた。金融機関の担当者からは「借地権付きの土地よりも、所有権が一本化された土地のほうが担保評価は高くなりやすいので、審査もスムーズです」と説明を受け、誠は安心して手続きを進めることができた。定年退職までの期間を踏まえた返済シミュレーションも提示してもらい、家計への影響を具体的にイメージできたことも、決断の後押しになった。
半年にわたる交渉と手続きを経て、誠は正式に底地を取得した。所有権移転登記が完了した日、誠は登記識別情報の通知書を手に、あらためて自宅の土地が名実ともに自分のものになったことを実感した。借地権と所有権が一つになったことで、地代の支払いも更新料の心配もなくなり、誠は初めて「本当の意味で自分の土地に家を建てている」という実感を得ることができた。木村さんにとっても、信頼できる相手に土地を託せたことは、大きな安心につながったようだった。
学びのボックス
| 底地買取りのメリット | 借地権と所有権を一本化することで、地代・更新料の負担や地主変更のリスクがなくなる。 |
| 適正な底地価格の考え方 | 更地価格から借地権割合分を差し引いた金額が目安。借地権割合は国税庁の路線価図で地域ごとに確認できる。 |
| 借地人による買取りの利点 | 第三者への売却に比べ、価格や条件面で地主・借地人双方が柔軟に交渉しやすい。 |
| 資金調達の方法 | 所有権が一本化されることで担保評価が上がりやすく、「底地取得ローン」等の融資を受けられる場合がある。 |
| 手続きの流れ | 価格の合意後、売買契約を締結し、所有権移転登記を行うことで底地取得が完了する。 |




