ものがたりで底地借地を学ぶ知るシリーズ
「建物は売りたくない。でも、名義だけを息子の会社に移したい」
都内で個人事業として設計事務所を営む高田誠司(60歳)が、顧問弁護士の三島先生の事務所を訪れたのは、事業承継の準備を本格化させた秋口のことだった。
誠司が借地に建てた事務所兼自宅は、三十年の歴史がある。借地権者は誠司個人。しかし事業を引き継がせる長男・渉(33歳)が設立した設計法人「タカダアーキテクツ株式会社」に、借地契約の名義を移したいと考えていた。
「建物の売却ではなく、名義だけの変更これは法的に可能なんですか?」
「地位の譲渡」という手続き
三島先生は頷いた。「できます。これを『借地権者の地位の譲渡』といいます。建物の所有権はそのままに、借地契約上の借地人としての地位 つまり権利と義務の一切を第三者に移す手続きです」
建物の売却(建物所有権の移転)と何が違うのか。三島先生は続けた。「建物を売る場合、建物の所有権と借地権がセットで移ります。今回は建物の所有権は誠司さんのままで、借地契約の当事者だけを法人に替える。実務上は珍しいケースではありませんが、地主への丁寧な説明と承諾が必要です」
地主への説明と承諾交渉
地主の大野家(七十代の当主)は、誠司との三十年来の関係は良好だった。しかし「名義が個人から会社に変わる」と聞き、当初は難色を示した。
「先方の心配は何か、明確にしましょう」と三島先生は言った。「地代を払い続けてもらえるか、建物の使い方が変わるのか、信用力はどうかこの三点が気になっているはずです」
誠司は大野氏と直接面談し、三点を丁寧に説明した。地代支払いは法人口座から継続すること、事務所としての用途は変わらないこと、誠司自身も法人の代表として関与し続けること。数週間の検討の末、大野氏は承諾を出した。
名義書換料の交渉術
承諾の条件として大野氏は「名義書換料」を求めてきた。当初提示は借地権価格(推計三千万円)の15% 450万円だ。
三島先生がここで動いた。「名義書換料に法的根拠はありません。慣行上の相場はありますが、今回は建物の売却ではなく、地主への影響も最小限です。また、地代の支払い主体が変わるだけで、使用実態はほぼ同じです。10%以下への減額をご提案します」
粘り強い交渉の結果、書換料は借地権価格の8% 240万円で合意した。
見落とせない贈与税のリスク
手続きが固まりかけたところで、税理士の岡田先生から待ったがかかった。
「誠司さんが法人に無償、または著しく低い対価で借地権の地位を譲渡した場合、借地権相当額が法人への贈与とみなされ、贈与税や法人税の問題が生じます。適正な対価での有償譲渡にするか、法人と個人の関係を踏まえた税務設計が必要です」
最終的に誠司は、法人から適正額の譲渡対価を受け取る形で手続きを整えた。税務と法務の両面を専門家が連携して詰めることで、地位譲渡は無事に完了した。
借地権の「名義だけ変える」は、一見シンプルに見えて、地主承諾・書換料交渉・贈与税対策という三つの山を越えなければならない。早期に専門家を巻き込んだことが、誠司の判断の中で最も正解だったと、渉は後に語った。
【学びのボックス:借地権の地位譲渡の法実務】
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借地権の地位譲渡とは |
建物の売買を伴わず、借地契約上の借地人としての地位(権利・義務)のみを第三者に移転すること。地主の承諾が必要。 |
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建物売却との違い |
建物売却では建物所有権と借地権がセットで移転する。地位譲渡は建物を動かさずに名義人だけを変える点が異なる。地主への影響度も異なるため、承諾交渉の難易度が変わる。 |
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名義書換料の相場と交渉 |
慣行上、借地権価格の10〜15%が名義書換料の相場とされるが、法的根拠はなく交渉余地がある。親族間・グループ会社間など地主への影響が小さい場合は減額交渉が有効。 |
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贈与税リスク(親族間) |
親族間で無償または著しく低い対価で地位を譲渡すると、借地権相当額が贈与と認定され贈与税が課される場合がある。適正な対価の設定と税理士への事前相談が必須。 |
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地主への説明のポイント |
「借地人の属性・信用力が変わらない」「地代支払い能力に問題がない」「建物の使用目的は変わらない」の三点を丁寧に説明することで承諾を得やすくなる。 |




