ものがたりで底地借地を学ぶ知るシリーズ
「身内なんだから、地代なんていらないよ。固定資産税の分だけ入れてくれれば十分だ」
二十年前、父・石川康雄がそう言ってくれたとき、長男の石川達也(五十二歳)はどれほど救われた気持ちになったか。
当時三十二歳だった達也は、結婚を機に父の土地に自宅を建てた。父の土地は八十坪。毎月、固定資産税を十二で割った額——月にして約八千円——を父の口座に振り込み続けた。ローンを払いながら、安心して暮らしてきた二十年だった。
父の死が、すべてを変えた
しかし三ヶ月前、父が他界した。相続人は達也と、関西に嫁いだ妹の美奈子(四十八歳)の二人。
遺言書はなかった。遺産分割協議が始まったとき、美奈子が思わぬ主張をした。
「お兄ちゃんはお父さんの土地にタダ同然で住んでるんだから、その土地は私が相続する。それが公平でしょ」
達也は耳を疑った。しかし美奈子は弁護士を立てて協議に臨み、土地の法定相続分として二分の一の持分を主張してきた。
「使用貸借」という落とし穴
達也も弁護士の山根先生に相談した。
「先生、私はちゃんと毎月お金を払っていました。これは借地契約にならないんですか」
山根先生は静かに首を横に振った。「残念ながら、固定資産税相当額以下の支払いは、法律上『賃貸借』とは認められません。『使用貸借』——つまり実質的な無償貸借と判断されます」
使用貸借には借地借家法の保護がない。賃貸借であれば、地主(貸主)が正当な理由なく更新を拒絶することはできない。しかし使用貸借は、貸主からの解約申入れだけで終了しうる。そして貸主が亡くなり土地を相続した第三者——今回の場合は美奈子——にも、同じことが言える。
「つまり、美奈子さんが土地を相続した場合、達也さんは返還を求められる可能性があります」
二十年間の暮らしが揺らぐ
達也は自宅のソファに座り、天井を見上げた。
二千万円以上かけて建てた家。子供たちが育った部屋。妻と選んだ庭の木。それが法的に「いつでも出て行け」と言われうる立場にあったとは、夢にも思わなかった。
山根先生はこう続けた。「ただし、使用貸借でも建物収去・土地明渡しは簡単ではありません。長期間の居住実績や、父上との黙示の合意があったとも主張できます。交渉の余地はあります」
最終的に達也と美奈子は、達也が相続する現預金の一部を美奈子に支払う代わりに土地を単独相続する形で合意した。しかしその代償は決して小さくなかった。
「身内だから」が最大のリスク
「最初から適正な地代を払い、書面で賃貸借契約を結んでいれば、こうはならなかった」と山根先生は最後に言った。「親族間だからこそ、きちんと書面に残しておくことが大切です」
善意の言葉が、二十年後に家族を引き裂く火種になる。使用貸借と賃貸借の違いは、たった一枚の契約書と適正な地代にある。親族間の土地利用は、感情ではなく、法律で守ることが何より重要だ。
【学びのボックス:使用貸借と賃貸借の違いと対策】
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使用貸借とは |
無償または固定資産税程度の負担で土地を借りる契約。借地借家法の保護対象外で、貸主から返還を求められた場合に対抗手段が極めて限られる。 |
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賃貸借との決定的な違い |
賃貸借(地代を払う借地契約)には借地借家法の強力な保護がある。正当事由なく更新を拒絶されることはない。使用貸借にはこの保護がない。 |
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「固定資産税程度」の地代は危険 |
地代が固定資産税相当額以下だと、税務上・法律上「使用貸借」と判断される。地代を払っていても保護を受けられないケースがある。 |
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使用貸借の終了事由 |
①期間満了、②使用目的の終了、③貸主からの解約申入れ(民法598条)。親族が亡くなり土地を相続した第三者から返還を求められることも。 |
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対策:賃貸借契約の締結 |
親族間でも適正地代(通常地代)を支払い、書面で賃貸借契約を締結することが唯一の対策。公正証書化しておくと証拠力が高まる。 |




