ものがたりで底地借地を学ぶ知るシリーズ
「先生、自分の土地を自分の会社に貸す、というのは法的に成り立つんですか」
東京郊外で代々地主業を営む松原修一(六十一歳)が、顧問税理士の加藤先生に問いかけたのは、相続税対策の勉強会に参加した翌日のことだった。
松原家は先祖から受け継いだ更地が数筆あり、一部は月極駐車場として運営しているが、大半は税負担の重い「遊休地」として残っている。相続税の試算を見るたびに、修一は胸が痛くなる。
「自己借地権」という逆転の発想
加藤先生は少し間を置いてから答えた。「成り立ちます。これを『自己借地権』と呼びます。個人の地主さんが、ご自身が経営する法人に対して借地権を設定するスキームです」
修一は首をかしげた。「自分の土地を自分の会社に貸す……でも、貸主も借主も実質同じ人間じゃないですか」
「そこがポイントです。民法では同一人物が同じ権利の債権者と債務者になると、権利は混同消滅するとされています(民法一七九条)。しかし個人と法人は法律上まったくの別人格。松原さん個人と松原さんの会社は、たとえ株主が同一でも異なる法律上の主体です。だから権利の混同は起きない。借地契約は有効に存続するんです」
相続税評価が大きく変わる
「では、そうすることで何が変わるんですか」と修一は前のめりになった。
「更地として相続税を計算すると、時価に近い評価額がそのままかかります。しかし自己借地権を設定すると、その土地は『底地』として評価されます。底地の相続税評価額は、路線価から借地権割合を差し引いた金額です。このエリアの借地権割合が六〇%なら、評価額は更地の四〇%まで圧縮できる計算になります」
修一の目が丸くなった。更地評価の四割——試算していた相続税が大幅に変わってくる。
「さらに、法人が建物を建てて事業を行えば、土地の評価はさらに下がる可能性があります。法人への地代収入を事業資金として活用できるのも利点です」
スキームを支える「適正地代」
「聞けば聞くほど良いことずくめですが、リスクはないんですか」
加藤先生は表情を引き締めた。「税務リスクは当然あります。最大の注意点は『適正地代』の設定です。個人から法人への利益移転と税務当局に認定されると、課税関係が大きく変わる可能性があります。不動産鑑定士に近隣相場を査定してもらい、実態に即した地代を設定し、きちんと支払い続けることが絶対条件です」
「また、このスキームは名目だけの契約では通用しません。法人が実際に土地を使って事業を行っているという実態が必要です。形式だけ整えても、実質を欠けば租税回避と認定されるリスクがあります」
長期戦略として設計する
修一は三ヶ月かけて弁護士・税理士・不動産鑑定士の三者と協議を重ね、遊休地のうち一筆を自社法人名義での定期借地権設定の対象とすることに決めた。法人は太陽光発電事業を行う目的で建設予定があり、事業実態も伴う。
「これは節税の小手先ではなく、資産を次世代へ守り渡すための長期戦略だと思っています」と修一は言った。
自己借地権は、正しく設計すれば相続税対策と資産活用を両立できる高度なスキームだ。しかしその分、税務・法務・不動産の専門知識が不可欠であることを、修一はこの三ヶ月で深く理解した。
【学びのボックス:自己借地権スキームのポイント】
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自己借地権とは |
土地の所有者(個人)が、自身の経営する法人名義で同じ土地に借地権を設定すること。個人と法人は別の法人格であるため、権利の混同消滅は生じない。 |
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権利混同の例外 |
民法179条では同一人が債権・債務を持つと消滅するが、個人と法人は別人格。そのため個人地主と法人借地人の関係は有効に存続する。 |
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相続税評価の圧縮効果 |
自己借地権を設定すると、土地の相続税評価額は「底地評価」となり、更地評価から借地権割合分だけ引き下げられる。評価圧縮効果は地域によって30〜70%に及ぶ。 |
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法人への地代支払い |
個人地主は法人に地代を支払う。法人は地代収入を得て事業資金に活用できる。ただし法人への利益移転として税務当局に認定課税されないよう、適正地代の設定が必須。 |
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税務リスクと専門家の重要性 |
スキームが租税回避と認定されると否認リスクがある。税理士・弁護士・不動産鑑定士の連携のもと、実態のある事業目的を伴う形で設計することが不可欠。 |




