『借地権の評価額算出』路線価・借地権割合と実勢価格の差
川口美穂は、母が亡くなり、母が三十年以上暮らした借地上の家を相続した。土地は地主の石井家から借りており、更地としての路線価評価は五千万円、借地権割合は六十パーセントだった。税理士からは「借地権の相続税評価額は三千万円です」と告げられた。母の思い出が詰まった家だったが、住む予定のない美穂にとって、維持するだけの負担は重かった。
美穂は遠方に住んでおり、家を売って相続税の納税資金にあてることにした。三千万円と聞いていたので、それに近い額で売れるだろうと考え、地元の不動産会社に査定を依頼した。ところが、数日後に示された査定額は千七百万円だった。「三千万円ではないのですか」。思わず聞き返す美穂に、担当者は穏やかに答えた。「相続税評価は、あくまで税金を計算するための基準です。実際に売れる価格は、買い手がいくらなら買うかで決まります」。
担当者は、実勢価格が下がりやすい理由を順に説明した。第一に、借地権を第三者に売るには地主の承諾が必要で、承諾料として借地権価格の一割程度を負担するのが一般的な目安とされる。第二に、買主は毎月の地代に加え、更新料や建替えの承諾料も負担し続けなければならない。第三に、所有権ではないため金融機関の担保評価が低く、住宅ローンが使いにくい。そのため買い手が限られ、実勢は更地価格の三割から四割程度になりがちだという。さらに築年数の古い建物は、価値がほとんど見込まれないことも多い。「路線価の数字は、売値の目安にはなりません」と担当者は付け加えた。
美穂は肩を落とし、しばらく査定書を見つめていた。納税の期限も迫っている。それでも担当者は続けた。「方法がないわけではありません。地主さんと協力して、借地権と底地をセットで売る方法があります」。買主から見れば、完全な所有権を手に入れられるうえ、地代も承諾料も不要で、建物も自由に建てられる。権利が一本化された土地は評価が高くなり、借地権だけを売るより、双方の手取りが増える可能性があるというのだ。
美穂は思い切って、地主の石井さんを訪ねた。石井さんも高齢で、底地を子どもに相続させるべきか悩んでいたところだった。地代の収入は少なく、管理の手間ばかりかかるのだという。「それは私にとっても悪くない話だね」と、石井さんは前向きに応じた。美穂が事情を説明すると、石井さんは自分の取り分についても丁寧に確認してくれた。不動産会社が間に入り、土地全体を一括で売り出すと、更地価格に近い四千八百万円で買主が見つかった。代金の分け方は、借地権割合などを参考に、二人で話し合って決めた。解体費用などを差し引いても、美穂の手取りは二千六百万円ほどになり、借地権だけを売る場合の査定額を大きく上回った。納税も期限内に済ませることができ、美穂は久しぶりに胸をなで下ろした。
美穂は、相続税評価額と実勢価格が別物であることを、身をもって知った。最初の査定額を見て、もし慌てて売却を決めていたらと思うと、今でも背筋が冷える。母が遺した家を、納得のいく形で手放せたことが、美穂にとって何よりの救いだった。借地権の価値は、路線価の数字だけでなく、承諾料や融資のつきにくさといった現実の条件で変わる。売却を考えるときは、借地権だけで売るか、地主と同時に売るか、地主に買い取ってもらえるかを比べ、税金については税理士にも確認しながら進めることが大切だと、美穂は今では思っている。
学びのボックス
| 相続税評価の借地権 | 更地の路線価評価額に借地権割合(例:60%)を掛けて算出する。あくまで税金計算のための基準で、売れる価格を示すものではない。 |
| 実勢価格が下がる理由 | 譲渡承諾料や更新料・地代の負担、担保評価の低さによる住宅ローンの使いにくさなどで買い手が限られ、更地価格の3〜4割程度になりがち。 |
| 譲渡承諾料の目安 | 借地権を第三者に売る際は地主の承諾が必要で、承諾料は借地権価格の1割程度が一般的な目安とされる。 |
| 同時売却という選択肢 | 地主と協力して借地権と底地を一括で売ると、買主が完全な所有権を得られるため、評価が上がり双方の手取りが増える可能性がある。 |
| 売却前の比較検討 | 借地権のみの売却、地主との同時売却、地主への売却を比較し、代金の分け方や税金は専門家に確認しながら進める。 |




