『借地権者が死亡・相続人不在』特別縁故者と地主の土地引き取り
森本健三は七十一歳。三十年前に亡くなった父から、五十坪の土地を相続した。そこには、昭和の時代から、借地人の宮田さんが、小さな平屋を建てて暮らしている。地代は月二万円。宮田さんは八十二歳の一人暮らしで、身寄りがなく、近所付き合いも少ない人だった。それでも、地代だけは毎月、きちんと届けてくれていた。
ところが、ある月から、地代の振込が止まった。心配になった健三が訪ねると、玄関に新聞がたまっていた。近所の人が異変に気づいて警察に連絡し、宮田さんは家の中で亡くなっているのが見つかった。葬儀は、役所が手配した簡素なものだった。健三は、地代の未払いが八か月分、約十六万円残っていることに気づいたが、請求する相手が誰なのか、分からなかった。
困り果てて弁護士に相談すると、弁護士は言った。「宮田さんに相続人がいないなら、家庭裁判所に、相続財産清算人の選任を申し立てることができます。地主さんは、地代の債権者として、利害関係人にあたります」。健三は、申立ての手続きを弁護士に依頼した。申立てには、裁判所に予納金を納める必要がある。金額は事案によって異なり、清算人の報酬や手続きの費用に充てられると聞いて、健三はためらいながらも、決断した。戸籍の調査で、相続人がいないことが確認され、裁判所は、別の弁護士を相続財産清算人に選任した。
清算人が選ばれると、家庭裁判所は公告を行う。相続人がいれば名乗り出るよう求める期間が六か月以上、債権者に申し出を求める期間も別に設けられる。健三は、未払地代の約十六万円を、債権として届け出た。もっとも、公告の期間中、手続きは動かない。その間にも、空き家となった平屋は傷み続けた。屋根の瓦が落ち、庭の草が伸び、近所からは苦情も寄せられた。
公告の期間の途中で、近所に住む女性が、宮田さんの生前の世話を続けていたと名乗り出た。通院の付き添いや、買い物の手伝いをしていた人だ。この女性は、特別縁故者として、残った財産の分与を求めることができる。ただし、相続人の捜索の期間が終わってから、定められた期間内に申立てをしなければならない。清算人は、通帳や家の中の書類、保険や年金の記録を丁寧に調べ、預貯金が約百二十万円あることを確認した。
問題は、借地権と建物だった。築五十年の平屋は、評価がほとんどつかない。解体するには、約百八十万円かかる。清算人は、地主に切り出した。「建物を解体して更地で返すには、遺産の預貯金では足りません。地主さんに、建物を現状のまま買い取っていただき、借地契約を終了させる方法はいかがでしょう」。
健三は、弁護士と相談して、慎重に交渉した。解体費用が自分の負担になることには、迷いもあった。それでも、更地に戻せるなら、長い目で見て損はないと判断した。建物を二十万円で買い取り、未払地代の約十六万円はその代金と相殺する。解体は健三が自分で行い、費用は約百八十万円。ただ、清算人は、裁判所の許可を得なければならない。無事に許可が出て、売買と借地契約の終了が成立した。残った遺産から、清算人の報酬や手続きの費用が支払われた。
解体を終え、健三は、五十坪の更地を取り戻した。一年半近い手続きは、骨が折れた。それでも、放置されていれば、建物は朽ち、近隣の苦情も続いただろう。身寄りのない借地人が亡くなったときは、早めに専門家へ相談し、相続財産清算人の申立てを検討する。健三は、地主仲間にそう勧めている。
学びのボックス
| 相続人不存在の手続き | 相続人がいない場合、利害関係人が家庭裁判所に相続財産清算人の選任を申し立てる。地代の債権者である地主も申立人になれる。 |
| 公告と債権の届出 | 選任後は、相続人捜索の公告(6か月以上)や、債権者への申出の公告が行われる。地主は未払地代などを債権として届け出る。 |
| 特別縁故者への分与 | 生前に世話をしていた人などは、特別縁故者として、残った財産の分与を申し立てられる。申立ての期間に注意する。 |
| 借地権と建物の処分 | 清算人が借地権や建物を処分するには、家庭裁判所の許可が必要。地主による現状有姿での買取や、契約の合意終了が現実的な選択肢になる。 |
| 地主の備え | 未払地代の記録を残し、相続人の有無を早めに確認する。建物の傷みや近隣の苦情が出る前に、弁護士へ相談して申立てを検討する。 |




