『借地権の相続』地主に名義書換料は不要!
高橋一郎は、父・正一を亡くしてから一か月ほど経った頃、地主の斉藤さんから一本の電話を受けた。「お父様が借りていた土地の件ですが、名義を一郎さんに変更するには、名義変更料として百万円をお支払いいただくことになります」。一郎は驚いた。相続の手続きだけでも慌ただしい中、まさか地主に対してまとまったお金を払わなければならないとは、想像もしていなかった。葬儀や各種手続きに追われ、ただでさえ余裕のない日々に、思いがけない出費の話が舞い込んできた形だった。
一郎の父は、三十年以上前からその土地を借り、自宅を建てて暮らしてきた。一郎は長男として、当然のように父の借地権を含む財産を相続する立場にあった。斉藤さんの口ぶりからすると、まるで新しく借地契約を結び直すかのような、名義変更料の請求だった。一郎は「相続でも、こんなにお金がかかるものなのか」と不安になり、司法書士に相談することにした。
「まず大前提として、相続による借地権の承継は、地主の承諾を必要としませんし、名義変更料や承諾料を支払う法律上の義務もありません」。司法書士はきっぱりとそう説明した。一郎は耳を疑った。「借地権を第三者に譲渡する場合は話が別です。借地人が借地権を他人に売却したり譲ったりするときは、地主の承諾が必要で、その際に承諾料を支払う慣行があります。しかし相続は、亡くなった方の権利義務を法律上当然に受け継ぐものであり、譲渡とはまったく性質が異なります。地主の承諾がなくても、借地権は相続人に当然に承継されるのです」。
司法書士はさらに続けた。「地主さんの中には、相続と譲渡の違いを正確に理解していない方や、あるいは分かったうえで慣行的に名義変更料を請求してくる方もいます。しかし、法律上支払う義務がない以上、応じる必要はありません」。一郎は、斉藤さんが悪意を持っているというより、単に古くからの慣習として請求してきているだけかもしれないとも思ったが、いずれにせよ支払う義務がないという事実に安心した。相続人であることを客観的に示す資料さえあれば、堂々と対応できるという心強い言葉でもあった。
一郎は司法書士のアドバイスを受け、斉藤さんに対して、相続による借地権の承継であるため名義変更料の支払い義務はない旨を、丁寧に、しかしはっきりと伝えることにした。あわせて、今後の地代の支払いを引き続き行っていく意思があることや、相続を証明する戸籍謄本などの資料も提示し、円滑に関係を継続したいという姿勢を示した。感情的にならず、あくまで事実と法律に基づいて説明する姿勢を、一郎は最後まで貫くよう心がけた。
斉藤さんは最初こそ不満そうな様子だったが、司法書士から手渡された説明資料に目を通すと、「そういう決まりなら仕方ないですね」と、名義変更料の請求を取り下げた。一郎はその後も変わらぬ地代を斉藤さんに支払い続け、これまでと同じように穏やかな関係を保っている。
数か月後、一郎は自宅の建物についても相続登記の手続きを終え、借地権と建物の名義がどちらも自分のものであることを正式に確認できた。斉藤さんとは年に一度、地代の改定時期に顔を合わせる程度の付き合いが続いているが、以前のような緊張感はなく、世間話を交わす関係に落ち着いている。一郎は、知人から同じような名義変更料の相談を受けるたびに、「相続なら払う必要はないはずだよ」と、自分の経験を伝えるようにしている。
学びのボックス
| 相続と譲渡の違い | 相続は法律上当然に権利義務を承継するもので、生前贈与や売買による「譲渡」とは性質が異なる。 |
| 借地権の相続に地主の承諾は不要 | 相続による借地権の承継には、地主の承諾も、譲渡の場合に発生する承諾料も法律上必要ない。 |
| 名義書換料が必要になる場合 | 借地人が借地権を第三者に譲渡・売却する場合は、地主の承諾を得る必要があり、その際に名義書換料(承諾料)を支払う慣行がある。 |
| 地主から請求された場合の対応 | 相続であることを戸籍謄本などの資料で示し、支払い義務がない旨を丁寧に伝えることが有効。 |
| 円滑な関係を保つには | 支払い義務がないことを主張しつつも、地代の継続払いや資料の提示など誠実な対応を心がけることが、その後の関係維持につながる。 |




