ものがたりで底地借地を学ぶ知るシリーズ
「今月の振込、また返ってきました」
妻からの一言に、佐々木雄介(五十八歳)は重いため息をついた。
ことの始まりは三ヶ月前だ。地主の中村家の代替わりをきっかけに、新当主の中村誠二(四十五歳)から「地代を現行の一・八倍に改定したい」という通知が届いた。雄介は丁重に断ったが、中村氏は強硬だった。
「ならば、現行の地代は受け取れません」
雄介は毎月これまでと同じ金額を振り込み続けたが、着金した翌日には全額が返金されてきた。これが三ヶ月続いている。「このまま払えない状態が続けば、地代不払いで契約を解除されてしまう……」不安は日に日に膨らんでいた。
「払えない」のではなく「受け取らない」
弁護士の菊池先生に相談すると、先生は雄介の説明を聞いてすぐに言った。
「雄介さんが悪いわけではありません。払おうとしているのに地主が受け取りを拒んでいる——これは法律上『受領拒絶』といいます。この場合、借地人には『供託』という対抗手段があります」
供託とは、法務局(供託所)に地代相当額を納め入れることで、法的に「支払いを行った」と同等の効果を生む制度だ(民法四九四条)。地主が受け取らなくても、供託さえしていれば地代不払いにはならない。
「つまり、供託していれば、地主は地代不払いを理由に契約解除を申し立てられないんですか」
「そういうことです。供託は借地人の最大の防衛手段の一つです」
手続きは法務局で
菊池先生の説明のもと、雄介は翌週に管轄の法務局を訪れた。
窓口で「弁済供託書」の書式を受け取り、必要事項を記入する。供託の理由は「債権者(地主)による受領拒絶」、供託金額は従来の月額地代と同額だ。書類と地代額の現金を窓口に提出すると、「供託書正本」が交付された。これが「払った」という証明書になる。
「毎月、同じ手続きを繰り返す必要があります。供託書は必ず保管しておいてください」と菊池先生は念を押した。
供託は「戦い」の始まりではなく「守り」
「供託すれば、増額の問題はどうなりますか」と雄介は尋ねた。
「供託はあくまで地代の支払い義務を守るための手続きです。地代がいくらであるべきかという問題とは別です。中村さんが増額を主張するなら、調停や訴訟で争うことになります。その準備は並行して進めましょう」
実際、その後中村氏は地代増額請求調停を申し立ててきた。雄介は近隣の地代相場データを収集し、菊池先生とともに「現行地代は相場と乖離していない」という反論を準備した。
調停は四ヶ月かかったが、増額幅は当初要求の五分の一以下に圧縮された。その間も雄介は毎月、法務局への供託を続けた。供託書の束が、雄介の誠実さを物語っていた。
払う意思があれば、道は閉じない
調停が成立した日、雄介は法務局に出向き、合意した新地代の差額分を追加供託したうえで、地主への支払いを再開した。
「供託という制度を知らなかったら、三ヶ月で音を上げていたと思います」と雄介は菊池先生に礼を言った。
地主が受け取りを拒んでも、借地人は守られる。払う意思と正しい手続きさえあれば、借地の歴史は断ち切られない——それが供託制度の本質だ。
【学びのボックス:地代供託の手続きとポイント】
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弁済供託とは |
債権者(地主)が地代の受け取りを拒絶した場合、借地人が法務局に地代相当額を預け入れることで債務(地代支払い義務)を履行したとみなされる制度(民法494条)。 |
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供託できる条件 |
供託が認められる主な理由は、①受領拒絶(地主が受け取りを拒む)、②受領不能(地主の所在が不明)、③債権者不確知(誰に払うか不明)の三つ。 |
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供託の手続き |
借地所在地を管轄する法務局(供託所)に「弁済供託書」を提出し、地代額を納付する。毎月の地代分を継続して供託する必要がある。 |
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供託後の注意点 |
供託はあくまで支払いの代替であり、地代増額の是非とは別問題。不当な増額には応じる義務はないが、供託後も地主との協議・調停を進めることが望ましい。 |
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地代増額請求への対抗 |
地主の増額請求が不当と思えば応じなくてよい。ただし相手方が調停・訴訟を起こした場合に備え、増額の正当性を争う法的手続きの準備も並行して進める。 |




